2012年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Marshall LAW日本語版

2008年10月 6日 (月)

KERRY KING(ケリー・キング)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストのインタビューや新商品の情報、世界中のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、フランクフルトの展示会で配布され始めます。

Marshall Blogではオリジナルの英語版Marshall LAWから人気のミュージシャンに関する記事を抽出してその日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行された通算第10号のMarshall LAWです。

Frontcover_2

2008年度版Marshall LAW最後の登場はSlayerの御大Kerry Kingです。ご存知のようにKerry KingはZakk Wyldeに次いでJCM800 2203KKMG10KKというシグネイチャー・モデルを発表するという栄誉に恵まれました。もちろん、それはKerryが長年マーシャルを愛用し、シグネイチャーモデルをつくるにふさわしい素晴らしいギタリストであるからです。そして、同様に素晴らしいのは2203KKの仕上がりです。そのサウンドとアイデアは世界中で高い評価を得、Children Of BodomのAlexi Laihoも2203KKを使用しています。

TONE FIT FOR A KING
~王者〈キング〉にふさわしいトーン~

スレイヤーの武器マニア、ケリー・キングが暴虐のシグネイチャー、JCM800 2203KKの誕生についてMarshall LAWに語ってくれました。

Kerryking_2 

 スレイヤーは、ただのバンドではない――ひとつの“制度”といってもいい。猛獣のように強烈で容赦のないメタルぶりは、彼ら自身が創造したものであり、今もその王国に君臨していることは議論の余地がない。早い話が、スレイヤーは唯一無二の存在であり、20年以上にわたって、その暗黒の領土を支配しているのだ。瞬時に聞き分けられるケリー・キングのトーンは、スレイヤー伝説に欠くことができないものだ。彼の恐ろしく邪悪でありながら人を動かさずにはおかないリフや、稲妻のように速い右手、熱狂的なリード・ワークも絶対不可欠だ。

 スレイヤーが過去20年間、絶え間なく世界中をツアーで回り、どのステージでもマーシャル1960B 4x12”キャビネットを最低でも24台は積み上げてきたおかげで、このバンドはマーシャルの最大にして最も目につく伝道師としても知られている――これについてマーシャルは彼らにとても感謝している。しかし何よりも感謝しているのは、80年半ばから彼らが輝かしいメタルを我々の耳をたたきつけてきた、印象的で、時に背筋の凍るような瞬間の数々なのだ! ケリーと仲間たちに対して我々が感じている尊敬の念と同等のものを、彼はマーシャルとジムに対して抱いている。ミスター・キングは、ジム・マーシャルと数年前から固い友情を結んでいる。「オレはマーシャルの壁の前に立つ時に、男の大事な部分が震えるのを感じたいんだ。それができるのは、マーシャル2203だけだな」キングはニヤリとしてから、圧倒的な自信をもって次のように述べた。「オレの意見では、ジム・マーシャルこそが究極のロック・スターだ。オレらみんなのサウンドをよくしてくれるんだから」

 上記の反駁できない事実と、オンステージとオフステージの両方でケリーとマーシャルの間に築かれた固い結びつきがあったからこそ2007年にマーシャルがケリーのシグネイチャー・アンプである2203KK JCM800 100Wヘッドを誇らしげに発表した時には、誰も驚かなかっKerry_autograph た……驚いたとしたら、ギタリスト本人かもしれない!
「ヘッドにジムとオレのサインを連ねることは、またとない、すばらしい名誉だよ。しかもスラッシュと、オレのよき友人のザックに続く3人目なんだから――この顔ぶれに文句のつけようはないよ。それに、オレのヘッドを出すくらいジムがオレのことを評価してくれたなんて、すごく感動的で光栄なことだよ」

 マーシャルの有名なフロントパネルに、ジム・マーシャルとサインを連ねたアーティストはケリーが最初ではない――本人も言っているように、彼より前にスラッシュとザック・ワイルドがいた。だが、ケリーのシグネイチャー・モデルである2203KKには、史上初のことが2つある。まず、ケリーのアンプは限定発売ではない。レギュラーの製品として今後何年もマーシャルのラインナップに残るだろうと我々は確信している。また、スラッシュの2555SLやザックの2203ZW、ジミ・ヘンドリックスへのトリビュートであるSUPER100JHと違って、2203KKは、ケリーと同義語であるJCM800を正確に復刻したリイシュー版というだけではない。ミスター・キングが有名にした圧倒的な迫力のある独特のサウンドの重要な要素である、エキサイティングな新しい“ひねり”が加わっている。もっと詳しく知りたいって? ケリー自身に説明してもらおう……

「オレのサウンドにとって大事なのは、ディストーションとパンチ力。それから、ゲインが多すぎるせいで変わっちまったり、ぐちゃぐちゃになったりせずに、ノートやコードがひとつひとつきっちり伝わって、リフがよく聞こえるトーンが重要なんだ」とケリーは指摘する。「知ってるかもしれないけど、オレは最初からずっとJCM800 2203 100Wヘッドを使ってきた。あのサウンドが大好きだった。でも、2203が与えてくれるものに、ちょっとプラスしたいものもあった。ゲインを上げて、中音域をちょっと上げてくれるようなものだ」

「だから、もう何年も前から古くて薄汚いハーフ・ラックの10バンド・グラフィックEQを使って、それでゲインを押し上げて、中音域を強調してた。おもしろいことに、オレらみたいな音楽をやる場合は、ミドルを抜くもんだって思ってるヤツが多い……だがそいつは間違いだ! その正反対のことをやってる。真ん中を押し上げてるから、オレのEQのカーブは、スマイルじゃなくて、しかめっ面になってる。中音域を強調して歯ごたえのあるサウンドにしてるんだ」

「オレは2203をいっぱい持ってるけど、80年代半ばから持ってる1台のJCM800を、“ザ・ビースト(野獣)”と命名した。他のヤツをみんな打ち負かすからだ」とキングは続ける。「まるでサタンが地獄から手を伸ばしてあのヘッドにさわって、ジムと共謀して、他のヤツとはまるで違うのを作ろうとしたみたいだよ!」

 「あれはオレのサウンドの“救世主”だね。最初からずっと、ライブとレコーディングの両方で 2203kk_mf280_2 メインに使っている。だから、シグネイチャー・ヘッドのプロジェクトが始まった時、オレはジムのR&Dチームに“ザ・ビースト”とオレのメインのグラフィックEQを渡したんだ。オレの設定にぜんぶ印がつけてあるヤツをね。それを使っていろんな測定をして、正確にコピーして、ヘッドの中で組み合わせたんだよ――オレ特有のEQカーブは、“Assault”というひとつのコントロールに入れて、おまけにビックリするくらい効果的なノイズ・ゲイトもつけた。それから、ウォームさと厚みを加えるために、パワー・アンプにKT88管を使った。その結果誕生したのが、今まで見たことがないくらいクールなものだったよ――死ぬほどヘヴィで、すごいサウンドだ」

 興味深いことに、ケリーオリジナルの“ビースト”は、「他のヤツをすべて打ち負かす」ような強烈な咆哮を秘めているにもかかわらず、100%の既製品である。そのユニークなサウンドはどこから来たのだろう?
 パーツの品質基準とその許容範囲(80年代当時は、現在我々が部品供給業者に要求するような厳しいパーツの品質基準が守られることはあまり期待できなかった)、がうまい具合にかみ合い、このアンプをケリーの“救世主”にしたのだった。

“ザ・ビースト”独特の雄叫びをコピーするため、ケリーがすでに語ったように、我々は基準からはずれているようなパーツのひとつひとつを測定した。彼が入力信号をドライブするために使うグラフィックEQのカーブについても、同様に分析した――これは2203KKのフロントエンドに組み込み、ミスター・キングが自ら「Assault(襲撃)」と命名したコントロールとなった。2203KKには、スタジオ品質の調整可能なノイズ・ゲートも搭載されている。ノイズ・ゲートを加えた理由は単純で、「Assault」スイッチを入れると2203KKに驚くほどのドライブが加わるが、ゲートがあるおかげで必要な時にはアンプが墓場のように静かになる。例えば、ケリーのようなプレイヤーがスタッカートの攻撃的なリフを歯切れよくするために「沈黙の穴」を作る時などに使える。このゲーティングをタイトでありながらプロらしく控えめに稼働させるために、最先端のレコーディング・スタジオに採用されているような超高速の拡張回路が採用された。これにより、タイトで精密なスタッカート・リズムの中で、ゲートが非常に迅速に作動するのだ。

 一方、サステインを得たい場合には、拡張回路がノートのダイナミックスに従って次第に減衰させ、ノートやコードの“しっぽ”を急に切断せずに自然に響かせるため、ナチュラルなサウンドのゲーティングができる。
 大衆の度肝を抜いた2203KKの発売前に、ミスター・キングが究極のロード・テストを実施しKerry_carrying た。彼はまず、2203KKのプロトタイプを使ってグラミー賞に輝いたスレイヤーの新盤、『クライスト・イルージョン』をレコーディングし、その後、数台のプロトタイプを携えて18カ月の過酷な世界ツアーに出発した。「このアンプがちゃんと持ちこたえてくれて、道中に問題を起こさないことを確かめたかったんだ」とケリーは言う。「バックアップをいくつか持っていたけど、1度も出番がなかったよ。このアンプは完ぺきだ」
 

最近『Guitar World』誌に掲載されたベタ褒めの批評には、「火薬が発明された時と同様に、このアンプは新種の“爆弾”や“メタル・マシン”の方向性を示すだろう」と記されていた。マストドンのビル・ケリハーやヘルイェーのトム・マックスウェルも同じ感想を持ったようで、どちらもライブで2203KKを使っている。同じくこのヘッドのファンになったのが、フィンランドのギター・ヒーロー、アレキシ・ライホで、彼は最近、チルドレン・オブ・ボドムの待望のCDをレコーディングする際に、アンプの兵器庫に2203KKを加えた。また、2008年冬のNAMMショーでESPのために演奏をした時は2203KKだけを使った。
「2203KKのパンチ力は、全盛期のマイク・タイソンと匹敵するくらい強烈だよ」とキングは断言する。「EQをつなげた“ザ・ビースト”とまったく同じサウンドを生み出してくれる。外部の機材をまったく使わずにそれができるんだ。プラグインしてプレイすればいいだけだから、最初のプロトタイプを使った時からずっとそうしてるよ! その後のすべてのライブでこれを使ってる。“ザ・ビースト”は引退生活を楽しんでるよ。今やオレのメインのヘッドは2203KKだし、今後はずっとそうだからな」

2008年9月 4日 (木)

SLASH(スラッシュ)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストへのインタビュー、新商品の情報、世界のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、毎年フランクフルトの展示会で配布され始めます。Marshall Blogでは人気のミュージシャンに関する記事を中心にダイジェストで日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行されたMarshall LAW通算第10号の登場です。是非お楽しみください。

Frontcover_3

Marshall LAW日本語版…今回も大物の登場です。まったく人気が衰えないどころか、自分のスタイルを突き進めギター界のトップに君臨する男…VintageModern Manスラッシュの登場です。

★スラッシュが入り口のVintageModernの新ページも是非ご覧ください!⇒コチラ

THE CAT IN THE HAT IS BACK!

~トップハットの男が帰ってきた!~

 ヴェルヴェット・リヴォルヴァーの2作目のアルバムが大ヒットし、ワールド・ツアーは再び大成功を収め、伝記はベストセラー入りし、地球上でもっとも売れているゲームソフトに登場し、月刊誌『Guitar World』に連載コラムを持ち、2008年の読者投票で圧倒的人気を博す——これらすべてをこの12カ月の間に成し遂げたスラッシュは、「天は二物を与える」ことを証明した!

Slash

 信じがたいことだが、ガンズ・アンド・ローゼズの傑作デビュー・アルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』は、今年で発売から21年目を迎えた。1987年にこのアルバムが世に登場したとき、ロックの世界はヘア・メタル・バンドや、トンガリ・ギターにスウィープ・ピッキング、ロック式トレモロ・ユニットの乱用、両手タッピングなどに入れこむシュレッド好きのギタリストたちに支配されていた。そこへ突如現れたのが、ガンズと、トップハットをかぶったクシャクシャ頭の若いギタリスト、スラッシュだった……。

 レス・ポール、ジム・ダンロップのワウ・ペダル、マーシャル・スタックに身を固めたスラッシュが送り出す有機的な音色やブルースをベースした輝かしいサウンドは、当時主流だったネオクラシカルやタッピング狂のロック界に、新鮮でうれしい変化をもたらした。世界一の売り上げを誇るギター雑誌『Guitar World』は、すぐに彼を「ギター原点回帰運動の父」と名づけた。『アペタイト・フォー・ディストラクション』は飛ぶように売れ、こうして新たなロック・ギター伝説が誕生した。まぶしいほどの輝きを放ち、90年代半ば、スラッシュはジム・マーシャル以外でマーシャル・アンプにサインが入った初めての人物として歴史にその名を刻むこととなる。
 

世界中の無数のガンズ・ファンにとって残念なことに、90年代半ばは、このバンドの分裂癖が発覚した時期でもあった。ガンズは健在であり、これまで頻繁に話題にのぼり、何度も発売延期されてきたアルバム『Chinese Democracy』もきっといつかは店頭に並ぶだろう……ただ、以前にも本誌で指摘した通り、数多くのファンにとってスラッシュのいないガンズは、ジャック・ダニエルの入っていないジャック・コークみたいなものなのだ!

 発売開始から21年の間に『アペタイト・フォー・ディストラクション』の売り上げは、米国だけで1600万枚を超えた。現在は別のバンドで活躍しているが、スラッシュは未だにレス・ポールをマーシャルにつなぎ、トレードマークのトップハットをかぶり、誰もが知っている有名人であり、定期的に世界中のギター雑誌の表紙を飾り、とりつかれたようにギターを弾き、あのしびれるような音を出し続けている。「天は二物を与えず」ということわざがあるが、それはロックのスターダムにも当てはまる。つまり、1人の人間が2つの違うバンドでスターの座にのぼりつめることはほとんど不可能に近く、しかも、その一方がガンズのようなスーパースター・レベルの場合は前代未聞だ……その人物がスラッシュでないかぎりは!

 前述の通り、スラッシュの(やや)新しいマルチ・プラチナ・バンド、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーの2作目のアルバム『リベルタド』が世界各地で熱狂的支持を受けてチャートの上位に食い込んだことに加え、2007年は、すでに驚異的な彼のキャリアのなかでもまちがいなくもっとも成功した年だったと言えるだろう。この年、スラッシュは自分そっくりのCGキャラとして大人気ゲームソフト『ギターヒーロー3』のスターになっただけでなく、この製品のパッケージや広告にも登場し、伝記『Slash』は高い評価を受け、ベストセラーにランクインし、ブックリストにも入った。アリス・イン・チェインズとともに実施したUSツアーは、その年のもっとも印象的なライブのひとつであり、さらに『ギター・ワールド』誌にて10カ月間連載した大好評のコラム——「ザ・キャット・イン・ザ・ハット」というぴったりのタイトルがついていた(訳注:同名の有名な絵本の主人公がトップハットをかぶっていることから)——は最近終わったばかりだ。

 目覚しい活躍ぶりだが、スラッシュにとって2007年がどれだけすばらしい年だったかを判断するいちばんの方法は、ファンの評価を聞くことだ。そして彼らはとびきりすばらしい評価を下した! 最近発表された『Guitar World』誌の読者投票で、スラッシュは誰もがうらやむ年間MVP(最優秀プレイヤー)と最優秀ロック・ギタリストの両方の部門で、圧倒的な人気を博し、1位に選ばれた。さらにボーナスとして、『リベルタド』は最優秀ロック・アルバムを受賞し、ロナウドやロナウジーニョも喜んでくれそうなハットトリックを決めた。本人は、投票結果をどう思っているのだろう。
「あれにはマジでメチャクチャびっくりした……言葉も出なかったよ! すごく光栄だし、いつも応援してくれて、評価してくれる『ギター・ワールド』の読者のみんなには心から感謝している」

VintageModern Man

 それから、もうひとつ……2007年、スラッシュは伝説の2255を中心とした機材に新しいマーVm100wfront シャル・ヘッドを導入した——VintageModern 2466の100Wアンプヘッドだ。なぜか? それは本人に説明してもらおう……
「ガキのころ、世の中でいちばん手に入れたいものはマーシャルのアンプだったよ。当時みんなが欲しがってたのは、ボリュームを上げると80年代初めの有名メタル・バンドみたいな音が出るやつだった」とスラッシュは振り返る。「だけど、俺のお気に入りは、プリアンプ・コントロールのついてない古い型のマーシャルで、思いっきり出力を上げると、すごく温かいロックンロール・サウンドが出たんだ。かなりアグレッシブで、ピック・サウンドもよく聞こえたけど、それでもとてもナチュラルな音だった。ビンテージモダンのヘッドは、それを思い出すよ」
「2466の音はホントに最高だよ。いちばんすごいのは、サチュレーションの状態でもギターの自然なニュアンスが失われないこと。大きくて、温かくて、滑らかで、安定した音なのに、アンプにのまれることもないし、弦が指板にあたる音も聞こえる。俺にとってそれはすごく大切なことなんだけど、ほとんどのアンプでは消えてしまうんだ。2466は、俺のアンプ(2555)の長所がぜんぶ備わっている上に、2つのプリアンプ・コントロールを使って、ロー・エンドをすごくタイトにできる。ナチュラルで、とてもいいサウンドを実現してくれるから、このアンプヘッドを作ってくれてホントにうれしいし、他にも喜ぶ人がたくさんいるはずだよ」

出発点
 スラッシュのギター人生が始まったのは、15歳のとき。最初のギターは「祖母が物置の奥で見つけたスパニッシュ・ギターだった」と明かす。若い頃に影響を受けたのは「ジミー・ペイジ、ジョニー・ウィンター、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス——全員重みのあるソリストだったから」という。
 その後、この若きギタリストに人生を変えるような瞬間が訪れる。「初めて本物のレス・ポールを本物のマーシャル・スタックにつなげたときだよ」彼はニヤリとする。「17歳ぐらいだったと思うけど、あれにはたまげたよ。それまで、ゲインやボリュームの容量があれだけあるものには触れたことがなかったからね。全部のレベルを最大限にして、コードを弾いたら、腰が抜けそうになったよ! でもすぐに調整の仕方を覚えて、それ以来ずっとマーシャルを使ってきた」
 スラッシュは、ギブソン・レス・ポールとマーシャルのヘッドという組み合わせの象徴であるだけでなく、マーシャル1960BVキャビネットからもすぐに連想される存在だ。彼がこのキャビネットを愛用する理由は単純明快——音のよさだ! 「いろいろ試してみて、気に入ったのを見つけただけなんだ」とこのギタリストは言う。「実は、アンプのことはあまりよく知らないんだ。わかっているのは、マーシャルとセレッションの組み合わせは、必ずいい音が出るということ。でも、キャビネットにどんなセレッション・スピーカーが搭載されているかによっても違いが出るね(註:マーシャル・オフィシャル・ウェブサイト「キャビネットの選び方」を是非ご参照ください)」
 

この記事が出る2008年春、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーはヨーロッパ・ツアーを行っているはずだ。その後の予定は? 「ツアーに関しては、今のところ他に予定はないんだ。メンバー全員が次のアルバムを作るのに集中したいと思っているから……どうなるかは、わからないけどね!」彼はニヤッと笑う。
「『リベルタド』はこれまで作ったアルバムで、インプロヴィゼーションがいちばん多かったけど、次はヴェルヴェット・リヴォルヴァーでやってきたなかでも、メロディがきちっと構成されたソロの曲を増やしたいと思っているんだ」とトップハットの男は続けて言う。「俺たちはバンドとしてまだ成長している途中で、このバンドをやっている楽しみの半分はそこにあると思う。ある日突然、すべてが完全にシンクロして、あとは成り行きに任せればいいという状態を模索中なんだ。そのために頑張っているようなものだよ。すべての音がひとつになって、あとは自然の流れに身をゆだねればいいという至福の状態にたどり着くために、みんな必死にやっているんだろうね」

2008年8月18日 (月)

MY CHEMICAL ROMANCE(マイ・ケミカル・ロマンス)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストへのインタビュー、新商品の情報、世界のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、毎年フランクフルトの展示会で配布され始めます。

Marshall Blogでは人気のミュージシャンに関する記事を中心にダイジェストで日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行されたMarshall LAW通算第10号の登場です。是非お楽しみください。

Frontcover

Marshall LAW日本語版の第4弾は2007年の日本武道館でのライブも記憶に新しいマイ・ケミカル・ロマンスの登場です。メンバーのレイ・トロもフランク・イエロも昔からのマーシャル・ファンです。

MY CHEMICAL ROMANCE

僕たちはエジンバラの田園に広がるなだらかな丘をトボトボと歩いた。他の“McRmy”の仲間と一緒に。泥にまみれ、血にまみれ、ビールにまみれながら……。JCに感謝!(だが、これはキリストのCではない。キャッシュのCだ。)とてつもなくビッグになること間違いないバンドに会いに行く。マイ・ケミカル・ロマンス。ミルトン・キーンズにあるマーシャルの工場からスコットランドの「T in the Park(註:スコットランド最大のロック・フェスティバル)」まで、遠路はるばるやってきたのだ。この騒ぎがいったい何なのか、それを突き止めるには、どうしてもマイケミのレイ・トロとフランク・イエロに会う必要があった。

Mychemicalromance_2

バックステージのアーティスト・エリアには、ビール・テントがあった。僕たちは、そのままMCRがいる仮設キャビンの楽屋へと向かった。そこで僕はレイに紹介された。ほとんど言葉を交わす間もなく、スタッフのひとりがレイに、脳腫瘍の女の子のためにサインが欲しい、と言った。レイは喜んでサインをし、その子を楽屋に連れてきてバンドのみんなと会わせることはできないか、と言った。それは無理だと思うとスタッフが言うと、レイは心底がっかりしていた。
 

この最初のやりとりで、レイという人間が少しわかったような気がした──レイはいいヤツで、ファンと向き合い、誠実にファンのことを考えている男なのだ、と思った。僕たちはファンについて、つまり、McRmyについて語り合った。ファンがどれほどバンドのプロモーションに深くかかわってきたかについても。レイは以前、いかにバンド自身がCDやプロモーション・グッズの制作にもかかわっていたかを話してくれた。以前は、バッジやその他のプロモ・グッズのアイディアも考えたものだったと言った。それはそれで、当時は大変だったが、そういう時間が持てた頃が懐かしい(今はそれがなくなってさびしい)、そんな印象を受けた。

バンドの初期の頃の話を聞いていて、僕は彼らの最初のヨーロッパ・ツアーの話に興味を覚えた。ヨーロッパに着いてバスをチャーターしたが、運転手を雇うまでの金はなかった、やむなくマイキー・ウェイが運転し、レイがナビをしたという。そんなおかしな状況で、ヨーロッパ各地を回り、道に迷ったことは別として、とても楽しい時間をたくさん過ごしたようだ。バンド全体にそういう印象を受けた。みんな、笑うことと楽しむことが大好き。テック・スタッフも含めて、みんなが家族だと思っている。夕方になり、僕がまだレイとフランクと雑談していると、他のメンバーはフルーツでベースボールを始めた。(あれは絶対フルーツだったと僕は思う!)こうした様子はすべて、彼らが打ち出している独特の音楽ブランドのイメージにそぐわないように思えるが、実際会ってみたことで、今の僕は、彼らの歌詞が理解できる──社会へのメッセージ、人生の厳しさに対する認識、そしてブラック・ユーモアが入り交じっている。

レイがステージに立つ準備をする間、僕は楽屋を出て、アーティスト・エリアを見て回った。クークス、ピート・ドハーティ、そしてレイザーライトらが話しかけられる距離にいた。他にも、知っていても名前が思い出せない顔が何人かいた。じゃまをしたくないと思った僕は、バーに行った。多くのフェスティバルの客と同様僕も気づかなかったのは、ドタキャンしたバンドがあり、そのためMCRは予定より早くステージに上がり予定より長いセットをやったことだった。
「T in the Park」のレビューによれば、MCRがステージに上がった当初、客席は空いていたが、早めにステージに上がったという話が広まると、「その日最高のセット」を見ようとみんなが急いで駆けつけた。そのため、僕はステージ近くに席を確保することができず、やむなく柵のステージ側に回り、その後はステージの上から最後まで観賞した。

レイがギターを交換しているとき、僕とレイの目があった。そして『Cancer』が始まった時、レイは僕のほうに近づき、何と、僕に話しかけてくれたのだ! 残念ながらダウンロード・フェスティバルでの演奏を聴きそこなった僕だが、その瞬間、なぜ彼らが『ケラング!』の最優秀インターナショナル・バンド賞に選ばれたのかわかった気がした。彼らのステージは半端じゃない。彼らの音楽にはすべてがある──詞は最高、ギターは抜群。ズボンにビリビリくるようなベース・ライン、心臓がどきどきするようなドラムス。偉大なるバンドリーダーと、圧倒的な技術力で支えるそうそうたるメンバーがいて、最高のバンドが構築されているのだ。

セットが終わったあと、僕はレイとともにバンに飛び乗り、アーティスト・エリアに引き返し、バンド仲間とともに首尾よくビールジョッキを握った。彼らの表情から、心底、演奏を楽しんだことがわかる。それにしても、この自信と演奏力は一体どこから来るのだろう? レイに関しては、僕たちは彼の兄貴に感謝しなければならないようだ。いつも深夜までギターを弾いていたそうで、レイがギターにハマったのはそのためだった。
レイは、絶大な自信を持って演奏してはいるが、いつもそうだったわけではないと告白した。16歳で初めてギグで演奏したときは、フレンチ・レストランのカエルみたいにビクビクしていたそうだ。

 機材に関していえば、彼は昔からマーシャルに入れ込んできた。この取材をした時点で彼は、マーシャル・メジャー(註:200Wのギター・アンプが1967。1967~1974年まで製造されていた。他にPA用の1966、ベース用の1978があった)を買おうとしていた。すごい馬力のあるアンプでリッチー・ブラックモアが使っていたモデルだ。昔のマーシャルが好きなのはレイとフランクに共通していて、ふたりともJCM800に興味を持っている。キーボード奏者のジェームズでさえ、旧いJCM900ヘッドとキャビネットを持っている。みんな、共通点がとても多い。共に過ごした学生時代からそうだ。
Vmfullstack100front  僕たちは、アルバム『ブラック・パレード』がコンセプト・アルバムであることについて話し合った。そして、ロックの巨匠で、マーシャルの良き友人であるアイアン・メイデンとエディにも彼らが影響を受けていることがわかった。
『ブラック・パレード』は、“つなぎ”の曲がひとつもないアルバムだ。1曲1曲の完成度が高く、このアルバムから3曲目がシングル・リリースされる。フランクとレイは、いつかこぢんまりとしたギグをやりたいと言った。だが、今となっては、それはとても難しいだろうと思う。

Jvmfullstack 10月のO2アリーナでの公演を前に、レイはマシュー・コルテスを連れ立ってファクトリーに立ち寄ってくれた。僕たちは幸運にも彼らと一緒に過ごす時間が持てた。そして、レイが複数のマーシャル・アンプを使って演奏するのを聴いたが、レイがVintageModernをものすごく気に入っていることは明らかだった。現在、レイはVintageModernを、フランクはJVMを使っている。
 目下アメリカをツアー中のMCRだが、近いうちにイギリスに戻って来てくれることを期待しよう。
 ニュー・アルバム『ブラック・パレード』は、絶賛発売中!

2008年7月22日 (火)

Biffy Clyro(ビッフィー・クライロ)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストへのインタビュー、新商品の情報、世界のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、毎年フランクフルトの展示会で配布され始めます。Marshall Blogでは人気のミュージシャンに関する記事を中心にダイジェストで日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行されたMarshall LAW通算第10号の登場です。是非お楽しみください。

Frontcover

Biffy Clyroは1995年スコットランドのエアシャーで結成されたサイモン・ニール(g、vo)、ジェイムズ・ジョンストン(b、vo)そしてベン・ジョンストン(ds、vo)の3ピース・バンド。2007年7月に最新作『Puzzle』をUKで発表。この作品が初登場で英アルバム・チャートで第2位のヒットとなり一気にシーンの中心に躍り出た。数々のフェスティバルへの参加で精力的な活動を展開する一方、MUSE、THE WHO、THE ROLLING STONES、RED HOT CHILI PEPPERS等のサポートなども務めファンを激増させている。サマーソニック2008への出演も決定している。

Biffy Clyro

私がビッフィー・クライロのフロントマン、サイモン・ニールに会ったのは開演前の簡単なサウンドチェックの後。腰かけておしゃべりする時間を割いてもらった。その晩彼らが演奏するO2スタジアムのことなどについて語ってもらったが、彼はロンドンでも有数のロケーションがオフィス街などにならなかったことを大変よろこんでいた。

Biffy_clyro_ml10

Marshall(以下M):バンドの連中とはどうやって知り合ったんだい?
サイモン・ニール(以下S):みんな学校がいっしょだったんだ。音楽を始めた14、15歳のころにはいっしょに大騒ぎしようと決心してた。音楽好きになる人は、みんな若いうちに音楽の魅力を発見するんだと思う。我々も早いうちに音楽に惚れこんじまったってワケ。我々はたいそうなプランなんて練ったことはなかったけどきっとこれが生活になるんだと思った。ただすごいアルバムが作りたかったんだ。

M:みんなはいまだに仲がいい友達なのかい?
S:バンドをやっている人なら誰でも仲がいい友達でなきゃこんなことはできないって言うと思うよ。

M:はじめてのギグって覚えてる?
S:ああ。我々はもともとスクリュー・フィッシュって名前だったんだけど、イースト・キルブライド(註:スコットランド、サウス・ランカシャーに位置する新しい街)のキー・ユース・センターで演奏した。7割はオリジナルで残りはカバーを演奏した。そんな初期のころからオリジナル曲をかくことに興味があったんだ。ロック・スターのふりなんかしていなかったよ。ただのミュージシャンでいたし、曲を書くということがとても我々には魅力的なことだった。最初のギグは1996年で授業はサボらなきゃなんなかった。

M:リラックスできるコンサート会場はいい演奏ができると思う?
S:うん。いつだってはじめての会場で演奏する時はその会場のことをまず調べるよね。これまでは、ツアーをするたびに会場のキャパがでかくなってる。最初にアストリア(註:ロンドンのトッテナム・コートロード近くのライブハウス。キャパは1,600~2,000名)で演奏した時にはマジで「オーマイガッ!」状態だった。圧倒されたよ。最高のギグにしたいと思って自分にプレッシャーをかけた。2回目にはちょっとリラックスして楽しめるようになる。それがいつもおもしろいんだ。たとえ上がっちまったとしても、それは、そこにいるから…そこにいたいからこそ生まれてくるエキサイティングな緊張だ。我々はそういう状態に持っていくようにしているよ。

M:初めて弾いたマーシャルのことは覚えている?
S:~サイモンはジェイムズに覚えているかと尋ね、しばらく言葉を交わした後に、100Wのプレキシという結論に達した~
その頃はお金がなくてね、友達からそいつを借りて弾いたんだ。(今までおおよそ6年借りっぱなしになっているけど、この先も返すつもりはないと彼らは言っている。

M:お気に入りのマーシャルのアンプヘッドは何ですか?
S::今、持っているのは1959 100Wヘッドのリイシューだよ。前の古いやつよりずっとパワーがある。前のやつは本当にオンボロでプレゼンスを1ミリ上げただけで悲鳴を上げ始めた。その点、新しいヤツはまさに獰猛でいいね。

M:今は1959にMODEFOURキャビネットだね。どんな感じだい?
S:すごく気にいっているよ。普段はいつもオーバードライブ・ペダルを使っているんだけど、ヘッドとキャビの両方がそれに馴染むかどうかが重要なんだ。その点うまくいっているし、サウンドも完璧だ。あのキャビは我々のスタイルに恐ろしくマッチしているよ。(下の写真は1959SLPとMF280Aの合成です)

1959slp_mf280 M:ニュー・アルバムが爆発的なヒットした去年は君にとってすごい年になったと思うけど、あの大成功には驚いた? あれのおかげでいったいどれくらい忙しくなったんだい?
S:イエス。あの成功ぶりにも、これほど忙しくなったことにも驚いているよ。今まで作ってきたアルバムすべてに誇りをもっているけど、あのアルバムの出来は特別なんだ。新しく契約したレーベルが、こちらの期待に応えてくれて、いっしょに働きたいと思うプロデューサーと働く機会を与えてくれて、効果的なプロモーションを仕掛けてくれたおかげで、すごく有利なスタートを切ることができて勢いがついた。驚くべき1年だったね。あれほどうまくいくなんて夢に見たことすらなかった。本当にたくさんの人があのレコードに共感してくれた。いつでも自分たちが満足できるものをつくってるわけだけど、この3人の人間がつくったものを他の人たちが気に入ってくれたら、それはすごく感動的なことだよね。

M:今まで演奏した会場で最もひどかったところはどこか覚えている?
S:え~と、結構ヒドイところで演ってるけど…タンブリッジ・ウェルズ(註:イースト・サセックス州境のロンドンにほど近いケント州の街)の時はヒドかったな。でもそこで何回もいい演奏もしたよ。会場は以前公衆トイレだったところで、今もその臭いがするんだ。ま、いい会場がいい演奏を生み出すワケでもないけど。アメリカでの「ワープ・ツアー」の時なんか巨大なスタジアムのよこの駐車場で演奏したよ。そこには日除けがなくて気温は100℃くらいに感じたよ。隠れるところもなくて燃え盛る太陽のしたでプレイしたんだ。そのツアーではしたこともない辛いギグが2、3回あったよ。

M:ジョエルとは、忘れられない思い出になった?
S:ああ、思い出してみるに楽しかったな…でもシンドイ頃でもあったよ。

M:最もあなたに影響を与えたミュージシャンは?
S:まず最初に我々をインスパイアしてくれたのはニルヴァーナにウィーザー。今でもそう。サウンドガーデンも重要なバンドだ。『Superunknown』にはへヴィ・ロックにしてヘンテコリンな楽器のアレンジが施されている。よく我々はニルヴァーナと比較されるんだ、3ピースバンドだからね。でも音楽的にはサウンドガーデンの方が比較しやすいかも。サウンドガーデンの曲を演奏しようとしても彼らのようにうまくいかないよ。そこが魅力的なんだ。

M:どこで演奏するのが好き?
S:お気に入りの場所はいくつもあるよ。自分たちのショウをする時はロンドンはホームのような感じがする。パリもそうだね。そういう場所だとリラックスできるし、結果ギグもエンジョイできる。ドイツでもフランスでもアメリカでも納得のいく演奏をしたことはあるけど、やっぱりホームが一番だよ。

M:去年、君たちはグラストンベリー、’T’ in the Park(註:スコットランド最大のロック・フェスティバル)、レディング/リーズのような大イベントで演奏したよね? どんな感じだった? てんやわんやって感じじゃない?
S:まったく、その通り。でも、みんなと一緒に楽しく過ごせたよ。’T’ in the Parkはいつも素晴らしい。レディングが一番だった。あの時はワープ・ツアーから帰ったばかりだった。アルバムを出してからしばらくイギリスを離れていたんだ。アルバムの評判がいいということは聞いていた。レディングがどれほど熱いものかは知らなかった。テントはもう満員状態で…。我々はそこで人生最高と思われる演奏をしたんだ。出番の最後で俺はギターを火にくべた。今までで最高の演奏だった。観客も燃えまくっていたしね。いい演奏が終わってメンバーと目を合わせ、Wow!って思う。その瞬間、なぜ音楽をやってるかがわかる。演奏が終わった時、「ひどい演奏だ!」って思うことほど最悪なことはないね。

M:もし、ステージでいっしょに演奏できるギタリストを選べるとしたら誰がいい? 故人でもかまわないよ。
S:ジョシュ・オム(Queen of the Stone Age)がバンドに重みを増してくれて最高にカッコよくなるだろうな。ベルベット・リボルバーと演奏したことはあるよ。スラッシュがバンドにいたらいいね。彼は伝説だよ。彼ら2人が最高にイカすギタリストだと思う。

M:イギリス、ヨーロッパ、アメリカのツアーと4月まで本当に忙しいようだけど、その方がいい?
S:ああ、最高だよ。最初の3枚のレコードの頃は何カ月も先までツアーのスケジュールがわかっているなんてことはなかった。バンドとしては知りたいことだけどね。今から4月まで3日しか家にいることができなくて、もっと時間があればいいと思う。でも、そのかわりスゴイこともあるんだ。Queen of the Stone Ageとヨーロッパをツアーするし、またアメリカにも行くし、はじめて日本でもショウをいくつかやるんだ。だから、バンドをやるんだね。自分たちの音楽を持って行ってあげないと聴けない人たちのために世界中を回るんだ。日本へのツアーは間違いなくエキサイティングなものだろうな。日本語のフレーズ・ブックももう用意したんだ。

M:熱心なサッカー・ファンだよね? 今、好きな選手はいる?
S:そう! 大好きなんだ。そうだな、ルーニー。Pro Evo Soccer(註:サッカーのゲーム)をしょっちゅうやるんだけど、その中で彼は完璧だよ。でも俺は(註:グラスゴー)レンジャース・ファンだからアリー・マッコイストが好きだ。

M:次にビッフィー・クライロをどうしたい?
S:ただ世界中をツアーしてレコードを作って、というのが楽しいな。ショウをやるのは素晴らしい。でも自分にとって一番楽しいのは音楽をクリエイトすること。レコードを作って音楽をクリエイトできる限りはそれを楽しみたいね。音楽を作って世界中を回れるなんてまったく素晴らしいことだよ。

2008年7月 7日 (月)

KASABIAN(カサビアン)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストへのインタビュー、新商品の情報、世界のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、毎年フランクフルトの展示会で配布され始めます。Marshall Blogでは人気のミュージシャンに関する記事を中心にダイジェストで日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行されたMarshall LAW通算第10号の登場です。

Frontcover_4

日本語版Marshall LAWの第3弾はKASABIAN(カサビアン)をお送りします。FUJI ROCK FESTIVAlL2008、8月25日GREEN STAGEのトリ前を努めるKASABIAN。(トリはMY BLOODY VALENTINE。マーシャル使ってます)人気バンドのインタビューをお楽しみください。

KASABIAN

Marshall LAWは最近Kasabianに接する機会を得、彼らにいくつか質問をしてみました。

Kasabian

Marshall (以下M):バンド結成のいきさつを教えてください。
Jay(以下J):僕は2年前にバンドに加わったんだ。アメリカの中西部を旅していたんだけど「荷物をまとめろ!」って連絡がアイツらからあったんだ。荷物はまとまっていたんでそれからノンストップでこの状態さ。
Chris(以下C):みんないい仲間でさ、学校では退屈しっぱなしだったんだ。ってんで週3~4回集まってバンドの練習をしたってワケ。

M:誰からの影響が強いんだい?
J:ブライアン・ハーダー、リック・ダンコ、ローウェル・ジョージ、ライ・クーダー、ジョージ・ハリソン、キース・リチャーズ、ミック・ジョーンズ、マーク・ボラン、マイク・ブルームフィールド、デュアン・オールマン、ニール・ヤング、ジョー・ウォルシュ、スキップ・ジェイムズ、Rev. Gary Davis(原文ママ)。
C:60年代と70年代のバンド全部。たとえばザ・フー、ビートルズ、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド。

M:ジェイ、はじめて使ったマーシャルは?今のセットアップは?
J:僕の最初の仕事はいわゆる高級ビンテージ屋の店員だったんだ。それで70年代初頭に生産された200Wのマーシャル・メジャーを試すことができたんだ。56年製のギブソン・レス・ポールJr.をプラグ・インしてさ。アンプのコントロールをフルアップにして最初のコードを一発かましたら停電した…あれが生涯最大の爆音だな。今のセットアップかい?ブルースブレイカー2台を1960Aにつないでいる。世界一のサウンドだ。

M:クリス、VBAはどうだい?他と比べるとどんな感じ?
C:VBAはウォームで、パンチーだね8×10”キャビネット(VBC810)を使うとグンとクリアになる。

M:去年はワイト島、’T’ in the Park、V-fest(註:Virginが主催するロックフェス)、グラストンベリーなど大きなフェスティバルにもたくさん出演してメチャクチャ忙しかったと思うけど、どうだった?どのフェスティバルが気に入ってる?
J:言えないな~。大きなフェスティバルで演奏するのはいつも最高な気分なんだ。感動しちゃうんだよ。
C:どのフェスティバルも最高だった。ニューアルバムの曲を中心に演奏した初めてのフェスティバルだったしね。グラストンベリーとVは馬鹿デカかった。

M:ここ2、3年でバンドがこれほどブレイクするなんて考えたことあった?
J:僕はバンドに入る前から、何かがバンドメンバーとその音楽のために占星術学的に一直線に並べられているということを知っていたんだ。それが一番肝心な要素なんだ。それは地球規模で広まっているパワフルで偽りがないものだ。
C:我々はビッグになろうとしてきたし、できる限りベストであろうとしてきた。つまり、いつもビッグになることを期待してきたんだ。

M:ノエル・ギャラガーとEdinburgh’s Hogmanay Street Party 2007(註:エジンバラで大晦日に開催されるお祭り)でいっしょに演奏したよね。スゴイできごとだったと思うけど、ほかにいっしょに演奏したい人はいる>
J:リーアム。
C:それほどたくさんはいないな。でもノエルは別だ。あといっしょに演りたい人はもう故人になってる。

M:メンバーの中にはミュージシャンよりプロ・サッカー選手になりたい人はいる?
J:下手なコメントをここで言わないくらいのサッカーへの忠誠心はあるんだ。バンドのアメリカ人としてつつましやかなファンでいるよ。
C:演奏の前後にガバっと飲んで、仲間との世界をめぐるツアー…我々は世界一の仕事をしている。

M:カサビアンの次のステップは?
J:解毒。
C:3枚目のアルバムを出を出す。ベストな出来になるよ!完全にtezza’sにあふれているんだ!(マーシャル註:’tezza’s’の意味は不明。でも「いい」という意味には違いない)

2008年6月10日 (火)

THE ANSWER(ジ・アンサー、ポール・マホン)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年1回発行する小冊子で、人気アーティストへのインタビュー、新商品の情報、世界のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、毎年フランクフルトの展示会で配布され始めます。Marshall Blogでは人気のミュージシャンに関する記事を中心にダイジェストで日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行されたMarshall LAW通算第10号の登場です。是非お楽しみください。

Frontcover_2

Marshall LAW日本語版の2番手はThe Answerです。

「イギリスは日本に比べて人口は半分、国土は2/3。しかし、話がロックに至るやその厚みは日本などまったく比べ物にならない」という話しを聞きます。それを裏付ける現象のひとつがThe Answerの登場ではないでしょうか?時代が変わりどんなにテクノロジーが進化しても、どんなに音楽が変わろうとも、60年代のブルース・ロックのDNAを継承し、70年代ロックの文法をキチッと学び、自分たちの音楽に昇華させているのがThe Answerです。オールドファンはその耳慣れたサウンドに鳥肌を立てつつうなづき、ヤングファンはあまり耳にしなかった新鮮な音楽として受け止める。数年前にはThe Darknessがいました。こういうバンドが突然出てきて正当な評価を受ける…だからイギリスのロックはおもしろい!

Answer_rise_special The Answerは2000年アイルランドでて結成。メンバーはコーマック・ニーソン(vo)、ポール・マホン(g)、ミッキー・ウォータース(b)、ジェイムズ・ヒートレイ(ds)の4人。ライブ・サーキットで評判を高め、アイルランドの大規模なロック・フェスOxegen Festivalなどにも出演。2005年にはシングル「Keep Believin'」でデビュー。2006年にはディープ・パープルやホワイトスネイクとのジョイント・ライブも実現させた。同年6月、アルバム「Rise」を発売しUKで大きな評判を得ています。

左がデビューアルバム『Rise-FESTIVAL EDITION』。この他にも1枚ものの通常盤もあるが、こっちが絶対におすすめ!ボーナスCDにはエアロスミスの「Sweet Emotion」(このカッコよさがまた尋常じゃない!)や2007年3月来日時の渋谷AXでのライブ音源が収録されているのだ!このオープニング、「Good evening Tokyo city!  We Are The Answer!!」の絶叫から始まる「Come Follow Me」には普通鳥肌が立つでしょう?(発売元:WHDエンタテインメント

そして、やはり注目すべきはポール・マホンのマーシャル・サウンド!「太い、分厚い、力強い」の手本のようなサウンドです。さすがオリンピック・スタジオ録音(ジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンの作品が録音されたところ)。マーシャル・サウンドのおいしいところをしっかりと押さえています。

ポールはVintageModernを使用しており、2006年10月、イギリスのマーシャル工場内のシアターで世界中の関係者を集めて開催されたVintageModernとJVMシリーズの新商品発表会でThe AnswerはVintageModernのデモ演奏を担当しました。残念ながら当日はコーマックの体調が悪く、インストでの演奏となりましたが、目の前で聴いたポールのVintageModernのサウンドは今でも耳に残っています。

それでは、ポール・マホンのインタビューをお送りします。

THE ANSWER

 クラシック・ロックのイメージ、クラシック・ロックのサウンド、泣き叫ぶような歌詞、そしてVintageModernを通して発せられるギターの絶叫。
 これは誰だ? いや、質問するまでもない。“アンサー”はもちろん、“THE ANSWER”だ。超満員の会場、ボーダーラインでライブの準備をする彼らに話を聞いた。このライブは彼らにとって、ハイドパークでのコンサートのためのウォーミングアップだった。

Theanswer

 我々は列車にしばらく揺られてロンドンへ出ると、地下鉄に乗り換えて2、3駅先の駅へ行き、ウエストエンドにある会場のボーダーラインに到着した。
 ちょうどサウンドチェックをやっているところで、終わりの2曲ほど聴くことができた。感想は……WOW! 想像してみてほしい。ほとんど無人のボーダーラインで、コーマックがパワー全開で歌い、ポールは華麗な技を見せながらもやすやすとギターを操っている。セッションが終わるころには、もう2度と誰とも会話ができないのではないかと私は心配していた――それほど耳鳴りがしていたからだ!
 

すぐにポール・マホンが挨拶をしにやってきて、もうちょっと静かなところに行こうかと提案してくれた。ローズ・ヒル・ドライブという、こちらもすばらしいバンドがサウンドチェックを始めようとしていたから、耳鳴りがやまないまま、一杯飲みながらおしゃべりをするため、クローバーという店に移動した。(だがこちらも、あまり静かとは言えなかった!)バー・カウンターでビールを3杯受け取ってから、インタビューらしきものができるくらい静かなところを求めて、店の奥のテーブルへ進んだ。
 私はインタビューを録音することにしたが、騒音の中で我々の声が拾えるかどうか、まったく自信がなかった。

 話をしながらメモを取ろうかと相談し、それもムリそうだとあきらめてから、私はジ・アンサーが結成された経緯と、バンドのメンバーはまだ比較的若いのに、なぜ60年代末から70年代初めのグループに影響を受けているのかについて質問した。
「最初に夢中になったバンドはAC/DCで、その後はモトリー・クルーやメタリカ、それに80年代初めから半ばのロックにハマったんだ」とポールはアイルランド訛り丸出しで話しはじめた(私はまわりの騒音のことは心配したが、アイルランド訛りのことなど考えもしていなかった。これではまるでお手上げだ!)
「あの連中(80年代のバンド)がレッド・ツェッペリンやクリームやディープ・パープルの話をするのを聞いてそういうアルバムを聴いてみたら、すごく気に入ったんだ。そこからはクラシック・ロックに夢中になっていった。そういう音楽をやりたいと思って、そこからバンドが始まったんだ―ミッキーとオレとで始めたんだよ」

 ふたりとも以前は別のバンドにいたよね、と私は尋ねた。「ちゃんとしたバンドじゃなかったんだ。人が入れ替わってたし。でも、バンドを始めようと決めた時、コーマックにボーカルをやらせて、最初にやった曲がフリーの『All Right Now』だったんだ。あの曲を歌おうとしたヤツはたくさんいたけど、みんなうまくいかなかった。コーマックならできるって、最初の小節を聴いた瞬間に確信したよ。その日、みんなで曲作りをしたんだけど、オレたちが作る曲はどれもレッド・ツェップやフリーやパープルみたいな感じだった。自然とそうなったんだ。その当時はニュー・メタルがはやってたけど、オレたちはあまり興味がなかった。オレたちみたいな年代で、こういう音楽が好きなのは不思議だってみんなに言われるけどね」

 メンバーが出会ったのはベルファストの大学だった。初期のライブはどんな感じだったか、私は興味をもって聞いてみた。
「機材の使い方を覚えるまでが大変だったね。自分の部屋でやっている時は最高のサウンドだって思っても、ステージに出てみるとまったく違って聞こえるんだ」
「初めてのライブをやった時、チューナーを持ってなかったんだ」とポールは笑う。「チューニングを下げて始めたんだけど、2、3曲やってるうちに狂ってくる。そんな簡単なことを覚えるまでが大変だったね。すごく緊張して、立ってるだけでドキドキした。でも何曲かやってるうちに落ち着いてきて、人前で演奏するのはどんなドラッグよりも強烈な体験だってわかるんだ。最初のライブでそれがわかって、それからは毎回あの快感を再現したくてやってるよ」

 バンドの人気は、非常に印象的なデビュー・アルバム『Rise』の名前のとおりに“上昇”した。
いちばんお気に入りのトラックは? 「だんぜん、『Come Follow Me』だね。いろいろな要素がちょっとずつ入ってて、ライブで演奏するとすごく楽しいんだ」
『Preachin’』など何曲かはブルースのトラックだけど、昔のブルースをインスピレーションに曲作りをすることもある? 
「それはあるね。ブルースの影響から抜け出すことはできないよ。ロックはブルースに影響を受けてる部分が大きいし。でもオレの場合、影響を受けるのは、自分を表現するやりかたとか、演奏のしかた、歌いかただね――とても心がこもってるんだ」

 私はレコーダーのほうをちらっと見て、この会話がちゃんと録音されていることを祈りながら、私のお気に入りのテーマ、ギター・ヒーローに話を進めた。ジ・アンサーがすでに出演したようなステージに出るチャンスをつかむ若手バンドは少ないが、ジミー・ペイジの前で演奏するのは、特に刺激的な経験だったにちがいない。
「サンダーの前座を務めたのが最初だった。最後の曲になった時、ふと舞台のそでに目をやったら、そこに男が立っているのが見えて、ジミー・ペイジによく似てるな、と思ったんだ。ステージが終わって、オレとコーマックが階段を降りる時に、その男とすれちがった。オレたちは顔を見合わせて、『今の、ジミー・ペイジだったよな』と言った。ふたりで彼のあとを追っかけて挨拶したら、彼はオレたちのバンドのことが気に入ったって言ってくれたよ」

Vmfullstack100front_2  私はビールをまたひと口飲んでから、ライブとスタジオ・レコーディングと、アルバムにしたらどちらがいいかについてポールと議論した。それぞれにいいところがあるというポールの意見に私は賛成した。スタジオ・レコーディングは完璧な結果が得られるが、ライブ・レコーディングにはライブ演奏に溢れている生のエネルギーと感情がある。ポールがVintageModernを通して驚くほどクリアな演奏をする時は、なおさらそうだ。アンプの話になり、ポールの最初のアンプは何だったか聞いてみた。
「初めてのアンプは、Park(かつてマーシャルが発売したシリーズ)だったけど、15歳くらいになって、Valvestateを手に入れた。ミッキーと一緒にやり始めたころだ。ミッキーはSUPER LEADを持っててオレより年上だったからオレよりよくわかってるんだろうと思ってた。でも、ベースもギターもボーカルも、全部それ1台につなげようとしてたんだ。だからオレはValvestateを手に入れた。最初のバルブ・ヘッドは、JCM2000だったよ」

 ポールはさらに、自分はTSLや1959も持っているけど、VintageModernはまだ家に持って帰ったことがないのだと説明した。それでも、最近の忙しいツアーのスケジュールの中で、すでにかなり慣れ親しんでいると言う。VintageModernのトーンは、彼らの音楽にとても合っているし、とてもレスポンスがいい。
 ここでデイヴ(ポールのマネージャー)がやってきて、時間があるうちに食事をすませておけとポールに言った。我々はクローバーの前でポールにお別れを言ったが、そこでサウンドマンのウエインにばったり会った。私がサウンドチェックの時のデシベル数が非常に高かったことを彼に言うと、本番では会場が満員になって、かなりの音は群衆に吸収されるから大丈夫だとウエインは請け合ってくれた。ウエインはまた、VintageModernから得られるサウンドがとても気に入っていると話してくれた。演奏者も気に入り、サウンドマンも気に入り、ファンのみんなも気に入っているんだから、これはいいアンプに間違いない!

 我々はボーダーラインに戻り、タブ(Tab the Band)という、有名な父親を持つ3人編成の新進バンド(メンバーのうちの2人は、エアロスミスのジョー・ペリーの息子)とクラシック・ロック・ファンならきっと気に入るローズ・ヒル・ドライブの演奏を聴いた。ジ・アンサーのステージのすばらしさは、あの夜ボーダーラインに来ていた幸運なファンたちが証言してくれるだろう。
 終了後もジ・アンサーのみんなと少し話をしたが、彼らがシャワーを浴びにいくというので、我々はまたしてもクローバーへ足を運ぶことになった。

2008年6月 9日 (月)

DOUG ALDRICH(ダグ・アルドリッチ)のMarshall LAW

Marshall LAWはマーシャルが年に1回発行する小冊子で、人気アーティストとのインタビューや新商品情報、世界中のマーシャルにまつわるエピソードを満載し、フランクフルトの展示会で配布され始めます。

Marshall Blogではオリジナルの英語版Marshall LAWから人気のミュージシャンに関する記事を抽出してその日本語版をお送りします。今回は2008年3月に発行された通算第10号のMarshall LAWをお送りします。

Frontcover_2

トップバッターはVintageModernを武器にWhitesnakeで暴れまくるダグ・アルドリッチの登場です。

SNAKE, RATTLE 'N' ROLL

デヴィッド・カヴァーディルは、数々の優れたギタリストと仕事をしてきた――リッチー・ブラックモア、故トミー・ボーリン、バーニー・マースデン、ミッキー・ムーディ、ジョン・サイクス、エイドリアン・ヴァンデンバーグ、ヴィヴィアン・キャンベル、スティーヴ・ヴァイ、ウォーレン・デ・マルティーニ、レブ・ビーチ、そして彼の最新のギター・ヒーロー……それはワン&オンリーのダグ・アルドリッチだ。

Doug

「ダグ・アルドリッチ? あいつは超強烈な“フィドル弾き”だね。チョップスも持ってるし、トーンも、テイストのよさもある――あいつは本物だ。間違いなく超一流だよ」
 こんな賞賛の言葉は、誰に言われてもうれしいものだろうが、唯一無二のザック・ワイルドの口から出たとなると、まったく別の重みをもつ。ザックは人をよくほめる……ただし、賞賛に値すると思った相手しかほめないし、その基準は高い……かなり高いレベルじゃないとほめたりはしない。

 そう、ダグ・アルドリッチは、ザックが挙げた3つの条件、チョップス、トーン、テイストのすべてを兼ね備えた卓越したプレイヤーだ。この3つがそろったうえに、“Xファクター(未知の要因)”と呼ばれるダイナミックなステージ・パーソナリティが加わるのだから可能性は無限大だろう。
 ダグはその4つすべてを持っている。だからこそ仲間の尊敬を集めている。それゆえ近年になって彼は、ロック界で最も敬愛される伝説的シンガーのふたり、ロニー・ジェイムス・ディオとデヴィッド・カヴァーディルがまっさきに声をかけるギタリストになったのだ。

「ロニーと一緒に仕事ができて、今はデヴィッドと仕事をしているのは、本当に幸運なことだよ。僕は彼らの音楽に育てられたんだからね」とダグは言う。「ふたりとも、すごく特別で時代を超えた、天与の声を持っているんだ」
 ダグは11歳の時に演奏を始めた。「妹がクラシック・ギターと、基本のコードやシングル・ノートのメロディが載ってる本を持ってたんだ」と彼は振り返る。「それを使って練習を始めたら、すごく楽しかった」数カ月後、ダグはエレクトリック・ギターに乗り換えた。その理由は単純で、誰にも反論できないものだ。「クラシック・ギターじゃ、ジミー・ペイジやジェフ・ベックにはなれないからね!」このふたりのブリティッシュ・ロック界のアイドルの他に、ダグが早い段階で影響を受けたヒーローには、クラプトンとヘンドリックスがいる。

「そのあとで知ったのが、リッチー・ブラックモア、トニー・アイオミ、マイケル・シェンカー、ゲイリー・ムーア……そしてもちろんエディ・ヴァン・ヘイレン、それから最後にすごく大きな影響を受けたのがランディ・ローズ。だいたいは耳で聞いて覚えたよ。当時は今みたいにいろいろなビデオや本はなかったからね」
 エレクトリック・ギターを手にしたダグは、すぐにバンドで演奏しはじめた。「近所の友達がドラムスを持ってて、もうひとりの子を誘って、3人でバンドを始めたんだ。最初はコード3つのリフでジャムをやった。最初に覚えた曲は『スモーク・オン・ザ・ウォーター』。バンドの名前はなんと、『パープル・ヘイズ』だったよ!」
「とにかく演奏しまくってた。他のギタリストに影響を受けながら、少しずつ真剣になっていったんだ」とダグは続ける。「それで、高校を卒業した時点でカリフォルニアに行くことにした。そのころ僕が住んでたフィラデルフィアには、自前のミュージック・シーンがなくて、コピー・バンドばっかりだったから」

 この大胆ではあるが珍しくはない決意を現実にするため、ダグはカリフォルニアにあるコミュニティ・カレッジに入学する手続きをしてから荷物をまとめて西へ向かった。
「でも授業には、ぜんぜん行かなかったね」と彼は告白する。「LAで活動してるバンドに入る努力を始めたんだ」ダグはその紛れもなく優れた腕前のおかげで間もなくLAのミュージック・シーンで評判を上げ、ライブのプレイヤーとして引っ張りだこになっただけでなく、地元の楽器店でギターの教師としても活躍した。「80年代の初めごろは、みんながギターを弾きたがってたみたいだったよ!」と彼は言う。「週に70人くらい若者にレッスンをして、夜のグループ・レッスンもいくつか教えてた。初めてギターで稼げるようになったんだ」
 

この時期に彼はギターをフルタイムの仕事にする決意を固めたのだろうか? 「プロになりたいって、今でも思ってるよ」と彼は笑う。「とにかくギターが大好きで、音楽は僕の人生と幸せになくてはならないものだけど、それで生計を立てようと本気で考えたことはないんだ。『これを仕事にしようと決めたのはいつですか?』とよく聞かれるけど、『決めたことはない』と答えるしかないね。僕はただギターを弾いているだけで、それでお金を稼ぐ機会に恵まれた。でもこれで生計を立てることができなくたって、同じように演奏を続けていたよ」

 ダグが最初にブレイクしたのは80年代半ば、ライオンという彼のバンドがレコード会社と契約した時だ。「ライオンは僕の子どもみたいなものだ」と彼は言う。「本物のレコードとビデオを作ってツアーをしたのは、あの時が初めてだったからね。あのバンドでは、最高のレコードを作ったけど、レーベルが僕たちをあまりサポートしてくれなかったから、解散することになってしまった」この時からダグは“セッションをいっぱい”やりはじめ、ハリケーンやハウス・オブ・ローズとアルバムを作り、ツアーをした。また、ライオンのシンガーと一緒にバッド・ムーン・ライジングというバンドを結成した。ライオンと同様、このバンドは日本とヨーロッパの一部でヒットした。その他にも彼は評論家に高く評価されたソロ・アルバムを2枚発表した……

「そんなことをいろいろやってたら、2001年に、ロニー(ジェイムス・ディオ)から電話があったんだ」とダグは言う。「それまでも好きなことをやって暮らせてハッピーだったけど、ディオとやるようになって、それがフルタイムの仕事になった」
 ロニーとのレコーディングやツアーによって、ダグはスポットライトを浴びるようになり、大勢の人間が彼の才能に圧倒された……そのひとりがデヴィッド・カヴァーディルだった。そして、ディオが休暇に入ると、デヴィッドがホワイトスネイクにダグを誘った。「彼に仕事をオファーされて、すぐにとびついた。80年代半ばからずっとホワイトスネイクの大ファンだったからね」とダグは語る。

 いくつかのツアーで成功を収め、『イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト』という傑作ライブ・アルバムを発表したあと、プレイヤーとして、作曲家としてのダグの才能に感銘を受けたデヴィッドは、ダグと一緒にホワイトスネイクの新作に取り組むことにした。「一緒に曲作りをしてみたら、すごくうまくいって、ふたりともすごく盛り上がって、そこからどんどん発展していったんだ」とダグは言う。そして生まれたのが、ホワイトスネイクの新作、『グッド・トゥ・ビー・バッド』というアルバムだ。

 この待望のニュー・アルバムの出来は? 「昔からの頑固なホワイトスネイク・ファンが大勢 Vm_2 いて、そういうファンはムーディ/マースデンの時期が大好きなんだ。僕もそうだよ。クラシックなホワイトスネイクのサウンドだね」とダグは語る。「その後デヴィッドは、爆竹みたいなギタリストのジョン・サイクスと手を組んで、1987年にあの強力なアルバムを発表した。あのサウンドが好きな人も多い。それで僕にプレッシャーがかかった。どうしたらこの2つをうまく合体させられる? クラシックなホワイトスネイクと、80年代末に大ヒットした、もっとモダンなサウンドのバンドのハイブリッドを作るにはどうすればいいだろう? 2つの橋渡しをする音楽的な方法を見つけることが僕の目標だった。僕たちはそれをうまく実現したと思うよ。ヘビーなブルーズでありながら、モダンなサウンドだ。このアルバムのデヴィッドはすごいよ。ものすごいボーカルだ。このレコードがどう評価されるかにかかわらず、デヴィッドと一緒に曲作りをして、あの声を聞けたことで、ものすごくインスピレーションを得たし、僕にとっては最高に楽しい時間だった。彼のスクラッチ・ボーカルを聞いただけで、すごく感動した。彼から出てくる声が、とにかく強烈なんだよ」

 ステージとスタジオ両方でダグが愛用するアンプは、VintageModern 2466。「マーシャルはたくさん持ってるよ――既製品もあるし、改造版もある――それぞれに使い分けてるんだ」と彼は言う。「どんな場面にも使える初めてのアンプが、VintageModernだった。ほんと、名前のとおりだね。あのクラシックでありながらユニークなマーシャル・サウンドは、初めて体験するものだった。それに、前にマイクを立てたら、とにかく大声で吠える。強烈なんだよ! 30年以上前から頭の中で聞いていたサウンドをこのアンプが現実にしてくれた……それも、箱から出してすぐにそうなんだから、ビックリだよ!」
 ホワイトスネイクの新盤発売と、目まぐるしいツアー・スケジュール――その中には、デフ・レパードとともにイギリスを回るダブル・ヘッドライナー・ツアーも含まれている。ダグと彼が頼りにするVintageModernにとって、華々しい1年になりそうだ!