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ロンドン・ロック名所めぐり

2011年11月11日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.21~ソーホーあたり2 

もうちょっとソーホー周辺を散策。

先回登場したバーウィック・ストリートを歩いていてピザ屋さんに出くわしました。

ここ名前が変わっています「JAZZ PIZZA EXPRESS」となってますね。要するにピザ屋さんでジャズのライブをやっているんですね。

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それでこれがライブの予定表なんだけど、アタシャこれ見て心底驚きましたよ!もしかしたらこのシリーズ中で一番ビックリしたかも。普通の人はナ~ンも驚かないかも知れませんが…「ナン」ではなく「ピザ」ですけどね。

さて、ナゼ驚いたのかと申しますと、このライブの予定表の中にジョン・エサーリッジという名前を発見してしまったのです!

ジョン・エサーリッジですよ、ジョン・エサーリッジ!

ジョン・エサーリッジはダリル・ウェイ&ウルフやソフト・マシーンのギタリスト。ステファン・グラッペリとも演っていましたね。自分でフランク・ザッパ・トリビュートの「ザッパティスタス」なんてのもやってます(これは案外つまらなかったけどね)。ソロ・アルバムの『Ash』では「In Your own Sweet Way」やら「81」やら「Little Wing」まで演奏していてなかなかにヨカッタ。

失礼ながらピザ屋さんくんだりで演奏しているなんて!! 見たいナァ~、聴きたいナァ~、いいナァ~!!

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ここはソーホー・スクエア。町の真ん中にこうして突然公園が現れるのがロンドンのいいところ。みんな草の上に座ってお弁当を食べたり、ゴロリと寝転んだり…。

公園の外、木々のちょうど間に茶色い建物が見えるでしょ?

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コレがその建物。「mpl」という看板が出ています。mplとは「McCartney Productions Limited 」の略。

ポール・マッカートニー、イヤ失礼、サー・ポール・マッカートニー関連の出版物を管理する会社で、ロンドンとニューヨークに拠点を持つ個人所有の音楽出版社では世界最大のもの。

1970年にポールがアップルとアラン・クラインから距離を置くために設立しましたが、ポールは最終的にはアップル・レーベルに1975年まで籍を置き、結局mpl名義で最初にリリースしたアルバムは『ヴィーナス&マース』となりました。

この会社は多数の著作権を管理しており、ポール自身の作品はもとより、バディ・ホリー、ハロルド・アーレンやジェリー・ハーマンらのブロードウェイの作曲家たちの作品を網羅。アル・ジョルソンで有名な「ロッカ・バイ・ユア・ベイビー(私はサミー・デイヴィスJr.のバージョンが大好き)」の著作権もmplが持っているそうです。

ビートルズ関連では「ラブ・ミー・ドゥ」、「P.S.アイ・ラブ・ユー」、「プリーズ・プリーズ・ミー」や「アスク・ミー・ホワイ」などの曲がカタログに掲載されています。

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ちょっと失礼して…。2階にはズラリと記念のゴールド・ディスクが飾られていました。お、誰かお客さんだ。

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もうひとつビートルズ関連の話題を。

ソーホー・スクエアからほど近いこの路地。

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このせまっこい路地の奥にスゴイものがあるのです。

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それがコレ。スタジオですな。ここはトライデント・スタジオといって、「ヘイ・ジュード」が録音された場所…とだけ済ますにはあまりにもモッタイナイ施設なのです。少し解説をば…。

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このスタジオは1967年にバリーとノーマンというシェフィールド兄弟によって設立されました。ここには独自に開発したトライデントAレンジ・コンソールというマルチトラックの録音機器が備え付けられており、音楽的なEQ機能を持つこのコンソールが大変な評判を呼び、数々の名盤をこの世に残したのです。

また、このスタジオには100年前につくられたドイツの名器、C.ベヒシュタインのハンドメイドのコンサート・サイズ・ピアノが置いてあり、「ヘイ・ジュード」やエルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌(Your Song)」に使われたのです。その後、このピアノは弦を張り替えた途端音が硬くなってしまい、使われなくなってしまったそうです。上の2曲は同じピアノを使っていたんですネェ~。

また、トライデント・スタジオはイギリスで始めてドルビー・システムを使い、まだ、アビー・ロード・スタジオが4トラックのレコーディング・デッキを使用していた時に8トラックのそれを導入したのでした。この8トラック・デッキは「ヘイ・ジュード」の他、『ホワイト・アルバム』の「ディア・プルーデンス」、「ハニー・パイ」、「サヴォイ・トラッフル」や「マーサ・マイ・ディア」、さらに『アビー・ロード』収録の「アイ・ウォント・ユー」のベーシック・トラックが、そして、エリック・クラプトンも参加しての「コールド・ターキー」が吹き込まれたのです。

そういえば、数年前マーシャルに行った時、ちょうど禁煙を始めたのですが(実際にはイギリスのタバコがあまりにも高価で禁煙せざるを得なかった)、それほどのヘヴィ・スモーカーでなかった私でも初めの頃はその禁断症状に大いに悩まされました。少しでもラクになろうとやたらと深呼吸をしていると、マーシャルの友人が「どうしたの?調子でも悪いの?」と心配してくれます。「実はタバコを止めたんだ」と告げるとみんなに「オー、コールド・ターキーか?!」と言われました。その瞬間、あの世にもカッコいいイントロをクラプトンが弾く姿が目に浮かび、禁断症状の苦しみも和らいだのです。それとも幻覚症状だったのでしょうか?いずれにしろ禁煙は大成功!冷たい七面鳥に感謝なのです。

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もう少しトライデント・スタジオの話しを続けましょう。当時のアップル・レコードのアーティストが大量にこちらのスタジオに流れて来、ビリー・プレストン、メアリー・ホプキン、ジェイムズ・テイラーらの他、ジョージの『オール・シングス・マスト・パス』もここでレコーディングされました。また、ポールは自分が使わない時に将来有望と見込んだバンドにこのスタジオを自由に使わせたそうです。その有望というバンドこそクイーンだったのです。(クイーンの話しはまた後で)

さらに、70年代初頭にこのスタジオを使用したアーティストは枚挙にいとまがありません。エルトン・ジョン、Tレックス、カーリー・サイモン、フランク・ザッパ、ストーンズ、フリー、リンディスファーン、マハビシュヌ・オーケストラ、ジェフ・ベック等々。

また、カリスマ・レーベルもお得意さんのひとつでした。カリスマといえばジェネシス。ジェネシスはここで『浸入』、『怪奇音楽骨董箱』、『トリック・オブ・ア・テイルズ』を制作。ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターやその重鎮、ピーター・ハミルもこのスタジオでレコーディングをしたのです。

先ほどクイーンの話が出ましたが、シェフィールド兄弟は初期のクイーンのブレイクに一役買っています。兄弟はクイーンに最新機器とスタッフを自由に使わせるという契約を結びます。プロデューサーやエンジニアも紹介しました。まだクイーンが無名の頃の話しです。アルバムが完成するとシェフィールド兄弟はそれを発売するレコード会社探しにてこずってしまう。クイーンの音楽があまりにも風変わりで当時の他のバンドと異なっていたのでレコード会社は契約することを恐れたのです。

そしてとうとうシェフィールド兄弟は「トライデント」というレーベルを立ち上げクイーンのデビューアルバムをリリースしました。アルバムはヒットし、クイーンはEMIと契約して『クイーンII』をリリースしたのです。ご承知の通り、クイーンは本国イギリスよりも早く日本で火のついたバンドです。つまり、シェフィールド兄弟と我々の支持がなかったら「ボヘミアン・ラプソディ」も「ウィ・ウィル・ロック・ユー」も聴くことができなかったのかも知れません。

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つづく

2011年9月22日 (木)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.20~ロンドン中華街からソーホーあたり 

セブン・オークス、カンタベリー、リバプールを巡ってまたまたロンドンに戻ってきました。

このあたりはいつでもにぎやか~!NYCでいえばタイムズ・スクエアみたいなものですからね。それにしてもまた天気がヤバイ!

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おなじみのピカデリー・サーカス、「エロスの像」。これだけヘヴィな曇天だと写真の色が出せなくて撮っててつまらないな。

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晴れるとこう。

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劇場街、シャフツベリー・アベニュー。

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晴れるとこう。

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いつでもモノスゴイ渋滞。

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このピカデリー・サーカスを背にシャフツベリー・アベニューをちょっと進んで右手に折れると中華街があります。

横浜、神戸、ニューヨーク、サンフランシスコとここロンドン。ま、これだけのチャイナ・タウンしか経験したことがありませんが、小さいながらここは好き。何しろここはロンドン。そう安いワケではないが、比較的食べたいものが思った通り出てくるところがお気に入り。

フランクフルトの餃子(大福程度の大きさの丸い焼き餃子が15ケぐらい出てきて、醤油と黒酢で食べるというもの)もとても美味で行くたびに寄っていますが、ここの行きつけの中華料理店(当たり前か)のワンタンメンもいつも楽しみにしている食べ物のひとつ。イヤ、他に食べたいものがそうないからコレが美味しく感じるだけなんですよ。

このワンタンメンにはちょっとした歴史があって、フランクフルトで上とは別の中華料理店に入った時、一緒にいたアイアン・メイデンのニコ・マクブレインが「ウァントゥアン・スゥープ」を注文した。つまりワンタン。あの時は思ったね~、「そうか!その手があったか!」と。あの時依頼、この手のお店では安泰にワンタン関連を…といってもワンタンかワンタンメンしかないが…注文するようにしている。なんたって安全ですからね。ワンタンならどう転んでも奇天烈なヤツは出て来まいという計算です。

海外に出て一番恋しい食べ物って「ダシ」のものだと思いますな。魚でも豚骨でもなんでもいいから液体状のあの「ダシ」。もちろんヨーロッパでもボルシチとかブイヤベースとかミネストローネとかありますけど、ちょっと違うんだよな~。それに「麺」ですよ。そばでもうどんでもきしめんでもラーメンでも、こうなりゃほうとうでも文句言わないからダシのきいたおつゆに麺が入ったものがどうにも食べたくなるのが海外での常なのです。

中華街だって甘く見ちゃいけませんぜ!「麺」があるっていっても「Fried Noodle」つまり焼きそばしか置いていない店があるからね。湯麺好きには要注意。

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さて、中華街とかいうのでシン・リジーあたりの登場かと思うでしょ?

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さにあらず。ここ。

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ナント、1968年8月、この中華料理店の地下でレッド・ツェッペリンの最初のリハーサルが行われたんだって!1曲目は「ブギウギ列車夜行便」だったらしい。すなわちジミー・ペイジが在籍していたヤードバーズの「トレイン・ケプト・ア・ローリン」だ。マーシャルを持ち込んだのかな?

ジミー・ペイジは終了後、ワンタンメンを食べた…という記録は残っていない。

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マーシャルは関係ないけど、もうひとつ。上の中華街を抜けてすぐ右に曲がったところにこの建物が現れます。

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この「Ku」は初めてローリング・ストーンズがリハーサルをやったパブだったところだそう。今はちょっとしたライブハウスになっている。

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さらにシャフツベリーを進み、今度は左に折れましょう。

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するとそこは有名なソーホー地区。性風俗店がゾロゾロと並んでいます。そこを抜けます。この写真の中央にテントが見えるでしょ。ここは野菜や果物を売っている露店で、ものすごく安い!そのさらに向こうが今通ってきたソーホー地区になります。

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バーウィック・ストリートをジャンジャン進む。

この辺りは中古レコード店なんかがいくつもあって面白い。私は滅多に中古のCDやLPを海外で買いませんが、先回はここのレコード屋さんでアージェントのCDを2枚ほど買いました。300円もしなかったので。おそらくあれは今よく見かけるバカ安の5枚セットとかあるでしょ?そういうのをバラして売っているんだと思います。でも音的な内容に何ら問題はありません。

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まだバーウィック・ストリートを進む。

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そして、おもむろに振り返る。

熱心なファンならもうおわかりね。私はまったくわかりません。

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ちょっとタテ組にして…

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正四角形にトリミングするとこうなる。

そう、オアシスの『モーニング・グローリー』のジャケットを撮影したところなのでした。

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あたりはこんな風。

ああロンドンって深イイなぁ~。

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つづく

2011年9月14日 (水)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.19~リバプールに来た! 

「ロンドン・ロック名所めぐり」遠出の第3弾はココ。ど~こだ?

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リバプールなんです。

以前にも一度書いたことがあったけど、ロンドンから4時間以上かけてはるばるやって来たのです。本当はそれほど時間を要す道程ではないのですが、この日が日曜日で何だか早い電車が運行していないがためにタフな旅となったのです。何しろイスの背もたれが垂直。リクライニング完全拒否。しかも折りたたみのできないテーブルが壁から思い切り突き出ていて絶望的なキュークツ感を倍増させてくれるのです。

車内販売もあってワゴンを押したお兄ちゃんが「駅弁いかがっすか~」という感じで何回も往復します。もちろん、ここはイギリス、「ますのすし」も「峠の釜飯」も扱ってはいませんが、まったく同じスタイル。日本がマネしたのかな?お兄ちゃんが販売しているのはサンドイッチとホットドッグみたいなものだった。食べなかったけどなかなかイケそうだったよ。

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ロンドン・ユーストンからマーシャルのあるミルトン・キーンズを通過してジャガーの工場があるコヴェントリーやラグビーで有名なラグビーを過ぎて、ブラック・サバスの故郷バーミンガムを越して、リバプール・ライム・ストリート駅に着いたときはくたびれた。書いているあたしもくたびれたよ…。(『黄金餅』古今亭志ん生バージョン風)

このあたりはアルバート・ドックといってリバプール一番の観光スポット。港町ですナァ~。これがビートルズが育った街ねぇ…。

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イギリス屈指の「港町」といっても日本のそれとは全く雰囲気が違うね。アジやらイカやら干してないし…ってそれは漁港か!

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この日はちょうど何かのお祭りをやっていてモノスゴイ人出だった。

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これは「The BEATLES Story」というビートルズ博物館。ビートルズがいかに成功を手にし、離れ離れになっていったのかを色んな設備のレプリカ、例えば初代キャバーン・クラブとかアビー・ロード・スタジオとか…を用いて説明してくれる。内容としてはビートルズ好きなら誰でも知っているようなトピックスで構成されていると言ってしまっていいでしょう。「ま、せっかくリバプールまで来たんだから見ていこうかな~」ぐらいのつもりで訪れるのがよいでしょうな。過度な期待は禁物ですな。ただ、グッズコーナーは案外いいかも。それとも日本でも手に入るものなのかな?私はお土産に「Love is all you need」というサインの入ったTシャツをゲットしました。

これ以外はアルバート・ドックでビートルズっぽいものはなかったです。

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この人だかりの向こう側がマージー川。どうだろう…隅田川の4倍くらいの川幅だろうか?ちょっと見ると海の入り江みたい。「マージー・ビート」っていう言葉が頭に鳴り響くよネェ~?ちなみに「襟なしスーツ」をキメている人は皆無です。

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リバプールの街並み。ファブ・フォーの連中もここを歩いたのかな~?

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ここはビートルズ・スポット。でもガランガラン!誰もいない!

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有名なマシュー・ストリートです。

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ちょとしたビートルズ・ショップなんかもあるにはあるんですが…。店内はビートルズに関するありとあらゆるアイテムが置いてはある。ビートルズ・ファンであってもマニアではない私にとっては何が一体レアなのかわかりまへんな。

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浅草の伝法院通りをちょっと入った感じ?ビートルズの香り漂わす看板には時折出くわすんですが、あまりピンと来ないのが正直なところかと思っていると…。

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出たァ~!キャバーン・クラブ!オオ~!といってもこのキャバーンは3代目だそう。日曜日だからでしょうが、こんな昼間っからライブをやっていました。とりあえずズカズカと中には入れちゃうの。なにやらC&Wみたいなバンドが出ていたな。

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キャバーン・クラブゆかりのミュージシャンたち。他にはビートルズのメンバーの彫刻が座っているベンチなんていうのもありましたが、それほどビートルズ、ビートルズしているワケではないというのが率直な感想です。

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また街をブラブラ…。これは劇場。

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こちらは博物館。

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オイオイ、ホントに人がいないではないの!どうなってるんだ?!

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中華街を発見。かなりミニですけど。

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オマケ的に…これはリバプール大聖堂。誰が呼んだかイギリス3大大聖堂の一角らしいんですけど、20世紀になってからの建立で新しい。総石造りで他の大聖堂と赴きを異にしていますが、それでもやはり荘厳ないでたちです。

この日は朝から降ったりやんだりのまるで日本の梅雨真っ只中のような天気で、ここについた途端、土砂降りになってしまい大聖堂でちょうどよい雨宿りができたというワケ。本当にイギリスの天気は気まぐれなのです。

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内部のようす。

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パイプ・オルガンを発見!

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この後、サウス・ポートという近くの街で一泊して、翌日、つまり月曜日にマーシャルのあるミルトン・キーンズへもどったのですが、冒頭に記した往路とはまったく異なり、アットいうに間に目的地に着きやんの。みなさん、イギリスの日曜日の電車の旅には充分気をつけましょうね。

つづく…次回からはまたロンドン市内に戻ります。

2011年7月19日 (火)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.15~ロイヤル・アルバート・ホールとピカデリー線の終点

ヤベッ!『名所めぐり』の15回目をスッ飛ばしておりました!

今日はいかにもロンドンっぽい写真から…。まず曇ってる。ロンドン・タクシー。そしてロイヤル・アルバート・ホール。

ロケーションとしてはハイドパークというか正確にはケンジントン・パーク沿いです。

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そのすぐ北隣りのケンジントン・パークの中にはアルバート・メモリアルというモニュメントが立っています。このモニュメントはビクトリア女王の夫、アルバート公が1861年に亡くなり、その追悼を目的に1872年に建立されたものです。座っているのはもちろんアルバート公。

曇っていて色がうまくでませんが、それはそれは荘厳なモニュメントです。現在のお金にして15億円くらいかけて作ったとか…。

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で、アルバート・ホール。これでわかりましたね。元々このホールは「The Central Hall of Arts and Sciences」という名前になる予定だったのですが、1871年のオープン時にはビクトリア女王の意向により、この建物の名前に愛する旦那様の名前がすっかり入ってしまったんですね。 要するに公私混同。

ロイヤル・アルバート・ホールで有名なのはQueen's Hallから移って来た1941年より毎年開催されているクラッシックのコンサートThe Promsでしょう。

ポピュラー音楽ではもうどうしようない位のビッグ・ネームがコンサートを開いてきた。フランク・シナトラ、ライザ・ミネリ、ジミ・ヘンドリックス、ザ・ビートルズ、ザ・フー、レッド・ツェッペリン、クラプトン、スティング、エルトン・ジョン…最近ではクリームの再結成コンサートが記憶に新しいですよね。

Zappa Plays Zappaが立ちあがった時、ここでコンサートがありましてね、本気で行っちゃおうと決心してマーシャルの友人にチケットを頼みましたが見事ソールドアウト!よかったぜ~。行かれなくて。その後、すぐに日本に来たんだもん!

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何だか知らないけど、このあたりの建物はすべてこのレンガの色合いで統一されています。とても美しい。

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こちらはケンジントン・パークの反対側…つまり裏側か。それともこっちが正門かな?ここで有名なアー写を撮ったのはジェフ・ベック在籍時のヤードバーズではなかったか?

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ホールのすぐ裏にあるのは英国王立音楽院。これもとても立派な建物ですが、何といっても印象に残っているのは映画『シャイン』ですよね。ほうほうの体でオーストラリアの生家から逃げ出してイギリスに留学したロバート・ヘルフゴッド(役名)がサー・ジョン・ギールグッド(役者名)のレッスンを受けていると窓の外にロイヤル・アルバート・ホールが見える…。あのシーンはこの建物の一室からの眺めに違いないと思います。

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ちなみにジョン・ギールグッドはローレンス・オリヴィエと比肩するイギリスが誇る有名なシェイクスピア俳優。今ではウエスト・エンドの劇場街に「サー・ジョン・ギールグッド・シアター」という彼の名を冠した劇場があります。そういえば、鬼才ニール・サイモン脚本、ロバート・ムーア監督、デイヴ・グルーシン音楽の『名探偵登場(Murder by Deah)』で盲目の執事(この設定自体ふざけてる!それとも、『サンセット大通り』でエリッヒ・フォン・シュトロハイム演じたマック役あたりの諧謔なのかな?)に扮し、イギリス人らしいブラックな役どころを実にうまく、かつ面白く演じていた。先日亡くなったピーター・フォークといい、ピーター・セラーズといい、エルザ・ランチェスターといい、アレック・ギネスにデヴィッド・ニーブン、ホンモノのトルーマン・カポーティまで出てくる壮絶にシブいキャスト。もちろん最高の脚本…あの作品大好きでした。こうして見るとイギリスってのはたくさんのシリアスな名優を輩出しておりますな。

そういえばブロードウェイには「ニール・サイモン・シアター」ってのがありますな。

私は特段熱心なニール・サイモンのファンではないが、彼の一番好きな作品はアーサー・ヒラー監督、ジャック・レモン、サンディ・デニス主演で映画化された1970年の『おかしな夫婦』と題された『The Out of Towners』。どうしようもなく面白い!その証拠にこの作品は1990年にスティーブ・マーティンとゴールディ・ホーンの主演で再映画化された。この時は『アウト・オブ・タウナーズ』という原題とおりの邦題でした。私はスティーブ・マーティンがちょっと苦手。その分ゴールディ・ホーンが明るくあまりにもチャーミングでプラスマイナス=ゼロというところかな…。この再映画化自体は、ま、大したことないのだけれど、見どころはむしろ、あのモンティ・パイソンのジョン・クリースが準主役で出ていたところかしらん…。ゴールディは家柄がメチャクチャがよくて、アメリカの独立宣言書にヒイ爺さんかなんかの名前が出ているとか。

一方、海外でのスティーブ・マーティンは日本では想像できないほどの人気で下の写真のようにハマースミス・オデオン(現、ハマースミスhmvアポロ)でワンマン・ショウを開催したりするほどの人気者なのだ。

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話し戻って…この学校には「楽器博物館」というのが併設されています。見たかったんだけど時間が合わず断念!

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ちょっとここからはロック名所でも一般的な観光名所でもありませんが、ちょっとご紹介。

この『ロンドン・ロック名所めぐり』の中でも数度なく出てくる地下鉄の路線にピカデリー線というのがあります。ピカデリー・サーカスやレスター・スクエア、コヴェント・ガーデン、ハロッズや博物館の集まるナイツブリッジ等々、ロンドンの主要な町を走り抜ける花形路線。東京で言えば銀座線ですな。

銀座線も浅草、上野、神田(今となっては信じられないが、神田須田町は明治時代、日本で一番にぎやかなエリアだった)、日本橋、京橋、銀座、新橋、虎ノ門、赤坂と繁華街や官庁街を通過する花形路線。いわゆるオールスターです。

これは銀座線が日本で(東洋で)一番古い地下鉄路線だったためにいいトコどりができたんですな。だからピカデリー線もてっきり同じ理由でロンドンのいいところを選って走っているのかと思ったんですよ。ところが、ロンドンで一番古い路線はメトロポリタン線で、ついでシティ&ハマースミス線、サークル線、我が定宿が位置する駅が属するディストリクト線だというんですよ。驚いちゃうのはこれらは最古のメトロポリタン線は開削工法(カット・アンド・カバー・メソッド)で作ったっていうんですね。地上から地面を掘ってレンガを積んで埋め戻す工法。銀座線もコレです。だから銀座線って浅いでしょ?地面のすぐ下を走っているわけです。

もうちょっと銀座線を…。銀座線は他の路線に比べて軌道幅が狭いために他社線と乗り入れができない。純粋に浅草と渋谷の間を往復する真の東京の地下鉄路線なんですね。だから、他線に比べて遅れることも休止することも少ない。ハイ、I Love Ginza Lineです。

この工法で作ったメトロポリタン線は銀座線よりずっと深いところを走っているんですね。東京に比べて恐らく比べ物にならないくらい地盤が堅固だから実現したのでしょう。

それにつぐシティ線やサークル線の建設にはもうシールド工法が導入されていたそうです。恐るべき都市土木技術力ですよね。1863年の開通ですから、リンカーンが奴隷解放宣言をして南北戦争が始まり、新撰組が結成され、薩英戦争が勃発した年ですからね、何せ。

確かにシティ&ハマースミス線のベイカー・ストリート駅のホームなんかちょっとした神社仏閣みたいに貫禄がありますもんね。

話しはもどります。イギリスに行くと旅の最終日には大抵このピカデリー線の西の終点に行くことになります。というのも西の終点はヒースロー国際空港だから。

で、こうなるとどうしても見てみたくなるのが反対側の終点。で、行ってみた。COCKFOSTERSというところ。

駅に到着。

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これがピカデリー線の東端。

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これ以上向こうには行かない。

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駅の外へ出てみる。何の変哲もないロンドンの街の風景でした。

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お、楽器屋さんを発見!

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ウインドウの中には「FESTIVAL TIME」とあります。もちろんこの「FESTIVAL」とはロック・フェスのこと。テントやら寝袋まで展示されています。さすが、ロック・フェスティバル先進国です。これ会場にウクレレ持ってってどうするんだろうね?

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さて、このCOCKFOSTERS、後で知って驚いた。

第二次世界大戦末期、アメリカ軍は「Tracy」という秘密情報機関を立ち上げた。日本軍は対戦中、敵軍の捕虜になることを恥じ、「死して虜囚の辱めを受けず」と自決することを潔しとしていた。たとえ捕虜となっても自軍の情報など漏らすワケがない。

一方、捕虜を尋問するのは敵軍の情報を引き出す最も手っ取り早い手段なワケで、そうした日本兵の姿勢にアメリカ軍は手を焼いていた。

「Tracy」の任務はまさに日本軍の捕虜を尋問し、機密を引き出すことだった。

アメリカ軍は当初、この尋問のノウハウを持ち合わせておらず、友軍のイギリスに助けを乞うた。当時のイギリスはドイツ兵の取り扱いにおいて既にこうした捕虜尋問による情報収集のノウハウを確立していたのだ。

アメリカ軍はどうしたのかというと、ロンドンに赴き、そのイギリス軍の設備で研修を受けた。そして、その研修の設備というのがこのCOCKFOSTERSにあったというのだ。

ちなみにアメリカ軍は見事にそのノウハウを吸収し、たくさんの情報を日本軍捕虜から収集し、驚くほど精巧な日本国内の基地や軍需工場の見取り図を制作した。また、日本兵はアメリカ軍の紳士的な捕虜の扱いにひどく感動したらしい。

ちなみに捕虜になるとみんな偽名を使うのが普通らしいのだが、そのとき最も多かった偽名は「長谷川一夫」だったらしい。今なら「木村拓也」か「福山雅治」だね!オレ、フランク・ザッパにしちゃおうかな!すぐウソだってバレるか…。

地下鉄の話題だけあって大分脱線しました。

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つづく 

2011年7月 7日 (木)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.18~カンタベリーへの道 

今日は前回のセブンオークスに引き続いて「ロンドン・ロック名所」の遠出です。

ロックも色々と細分化が進み全く聴いたことのないようなジャンルが存在することに驚いたりすることがあります。ま、こちらの勉強不足もあるんでしょうが、ヴァイキング・メタルとか、クリスチャン・メタルとか「ホントにこんなのあんのかよ?!」と人生まだまだ知らないことが多いようです。音楽をカテゴライズすることに特段の抵抗を感じない私なんぞはそれらを楽しんでおります。

それでは…今これを読んでいるみなさんは「カンタベリー・ミュージック」ってご存知ですか?

「カンタベリー」といえば多くの方々が14世紀のジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』を思い浮かべることでしょう。それともイギリス三大聖堂の内の一角、カンタベリー大聖堂?

今の若い人たちの間においては完全に未知のジャンルと化していることでしょう。チラッと説明しますと、カンタベリー・ミュージックはソフト・マシーンを中心に1960年代中~後半より発展したプログレッシヴ・ロックの一派として扱われているひとつのジャンル。

何年も前にマーシャルのやや年配の女性と話しをしていて、「カンタベリー・ミュージックが好きなのでいつかカンタベリーに行ってみたい」と告げたところ、大いに不思議がられたものでした。つまり、イギリス人でも一般の人々には何ら生活に関係することのない、いちブリティッシュ・ロックの泡沫セクトということになるのでしょう。

ソフト・マシーン、マッチング・モール、キャラヴァン、ケヴィン・エアーズ(というより、私にとってはオリー・ハルソール)、ロバート・ワイアット、ハットフィールド&ザ・ノース、ナショナル・ヘルス、ヘンリー・カウ、スラップ・ハッピー、デヴィッド・アレンとゴング、アイソトープ、ギルガメッシュ、クワイエット・サン等々…と、個人的にとにかく好きなグループやアーティストが目白押しのエリアなのです。そして、現在も多くのグループが活動を継続しています。

難しいことは抜きにして、私なりの言葉でこの音楽を表現させていただくとすれば、イギリス独特のジャズ・ロックっていうことになりましょうか。ブルースやロックン・ロールの要素は感じられず、ストレート・アヘッドなジャズだけでなく、フリージャズの影響も受けつつ、高い演奏技術でアドリブを中心に複雑な曲を演奏する音楽…かな。

この手の音楽は絶対にアメリカからは出ませんな。島国独特の孤立感というか、いかにも天気が悪いところの音楽っていう感じがします。だから日本人の嗜好にピッタリなのです。

アメリカ人はこういうことをしないですよね。アメリカ人がサッカーをあまり好まないのに似ているような気がします。1時間半ボールを追いかけた結果、「1点獲得」とか、「0対0」とかいうのはきっと性に合わない。カンタベリーはまさに「0対0」とか「1対0」の世界。ソフト・マシーンなんかそういう感じではないでしょうか?

ではアメリカのプログレの代表となると…例えばカンサス。全然違う。アメフトみたいに6点一辺に入っちゃう!そんなイメージ。新しめでいえばスポックス・ビアード?ニール・モースいいよね。でもイギリスのプログレとは似ても似つかないでしょう。やはりバスケット・ボール的展開。

アメリカ勢でこの手の音楽でせいぜい思いつくのはフランク・ザッパの「King Kong」ぐらい?アメリカではロックとジャズが混ざるといわゆる「フュージョン」になっちゃう。イギリスでは「プログレッシブ・ロック」になる。

と、ここまでカンタベリー・ミュージックの定義を反芻しつつ、期待に胸を膨らませてカンタベリーに向かったのであります。

出発はここロンドン・ヴィクトリア駅から。

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駅を出て2~3分で左手に見えてくるのはピンク・フロイドの『アニマルズ』でおなじみのバタシー発電所。『ロンドン・ロック名所めぐり』では紹介済みです。この電車に乗るときはゼッタイに左側の席に座りましょう!乗ったらすぐにカメラの準備。アッという間にバタシーが見えてきちゃうからね。

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1時間半程度でカンタベリー東駅に到着。ここはケント州。途中で前の方の車両と後ろの方の車両が切り離されてビックリしましたが無事に到着しました。よその国での電車の旅はいつも楽しい!

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駅を出るともういきなりこんな景色。古い城郭がお出迎えをしてくれます。

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カンタベリーに来たからといって、特にどこがロックの名所ということもありません。

やはり街のどこからでも見えるカンタベリー大聖堂に向かうのが人情でしょう。

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途中で出くわした不動産屋。たたずまいはどれも素敵だけど、ムムム、結構高いゾ。

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中心街に続く道。確かこの日は日曜日だったと記憶していますが、かなりヒッソリしていますな。

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街中にいきなりこんなに古い教会があったりします。

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この辺りは中心街。お昼はマックにしました。「何とかピタ」というやつ。ここでも大聖堂が見えています。

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それにしてもカンタベリー・ミュージックの痕跡は何もありませんな。せめて下宿屋をやっていたというロバート・ワイアットの家でもわかれば雰囲気出るんですけどね…。

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歴史を感じる美しい街並みはすこぶる美しいんだけど…。

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ちょっと失礼、これは公衆トイレの流し台。ナントお湯が出ます。イギリスの公衆トイレってお湯が出るところが割合多いようです。冬が激寒で大変だからかな?この湯沸し代もあの高い税金に含まれてるんだろうなぁ。

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街を歩くと歴史のありそうな建物にしょっちゅう出くわしてしまいます。

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これも…結構古い教会。

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ドドンとそびえ立つ門。ここがカンタベリー大聖堂の入り口なのだ。浅草寺でいえば雷門です。永平寺の山門並みに立派!

「家庭厳峻にして陸老の真門より入るを許さず」「鎖鑰放閑(さやくほうかん)さもあらばあれ善財の一歩を進め来るに」…なんてことは当然書いていない。

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この門をくぐると大聖堂にたどりつく。これが世界遺産のカンタベリー大聖堂。イギリス国教会の総本山。

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内部のようす。何しろ荘厳ですな。ここでガンガン賛美歌歌われた日にゃ誰でも入信しちゃうね。メッチャすごいリバーブのはず。当然モードは「Cathedral」で「Depth」はフルテンね。

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ロンドンのウエストミンスター寺院も見応えタップリだけどここもスゴイよ。

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ステンドグラスも素晴らしい!

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裏庭も美しい。

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長さ157m、塔の高さ72m。こんなんが11世紀に造られたなんて信じられん!日本では平安時代だもんね~。摂関政治の頃。

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何だかすっかり「カンタベリー大聖堂訪問記」みたいになっちゃったけどしょうがない。何しろカンタベリー・ミュージックの片鱗すら見い出せないんだから…。その中で!これこそドンズバ!そうCaravan(キャラヴァン)の『セントダンスタン通りの盲犬(Blind Dog at St. Dunstans)』のジャケットのイラストの場所なのだ!ココもんのスゴイ交通量なんですよ。ひっきりなしに車が通っています。

キャラバンも『ピンクとグレイの大地とか』、『夜ごとに太る女のために』、『カニング・スタンツ』、『ウォータールー・リリー』等、比較的駄作のない名バンドで私も好きなんですが、ま、バタシー発電所を初めて見た時の感動ほどじゃないな。

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着いた時に時刻表でチェックしておいた電車に間に合うように猛ダッシュで駅に向かいましたが、ゼンゼン時間通りに来ないんでやんの…。

イギリスはまだpunctualな方なんでしょうけど日本には到底かなわないな。海外に行くと日本という国の素晴らしさよがイヤってほど実感できます。

聖ダンスタン通りを除いてはカンタベリー・ミュージックっぽいものにまったく出っくわさなかったけど、「あのカンタベリーに行った!」ということだけでひとまず満足でありんす。

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つづく 

2011年6月24日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.17~ブリティッシュ・ロックを支えた弦<後編>

今回もSEVENOAKSのROTOSOUNDの工場レポートです。

工場の近くのパブ。ロンドンの街中のパブとは異なり、こういった郊外のパブは普通のレストランとまったくかわりありません。

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急にジャンジャン降り出した雨もサッサと止んで晴れ間が出てきました。これまた夕方になると一雨くるのでしょう。伝統の英国式天気!

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ロトサウンドの工場です。 

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こちらは巻き弦を作っているところ。

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ベース弦ですな。芯線に巻き線を巻きつけているところ。

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ロトサウンドは世界で最初にベース用のラウンド・ワウンド(丸巻き)弦を開発した弦のメーカーです。

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巻き上がった弦を滑らかにするために用いられる紙やすり。

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コントラバス用の弦を作っているところ。

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このセクションは手作業で進められるため、生産量も多くはありません。

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芯線の張り具合が品質の良し悪しを左右します。

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この他にも様々な機械を用いて製品を生産していますが、企業秘密のセクションも多く写真はNG。

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私も1本ギターの六弦(E弦)を作らせてもらいましたが、やはり芯線のテンションが適切でないために巻きがゆるくなりうまくいきませんでした。

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ここは出来上がった弦をパッケージングしているセクション。全員女性です。

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これがまたおっそろしいスピード!アットいう間にクルクルと弦を巻いて紙の袋にスポッと収めてしまう。あざやかです。

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商品の倉庫です。弦は生物ですので保管環境も大切です。

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誇り高き「大英帝国謹製」の印。ここから世界に向けて出荷されるのです。

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後はお楽しみコーナー。実はこの辺りが昨日今日のハイライトだったりして!

現在のロトサウンドの会長、ジェイソン・ハウは先代の社長にして創設者ジェイムスの息子さん。先代は大層マメな方で創業当時からの製品や宣伝活動の記録をキチッと保管していたのです。下はそのミニ博物館。

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ジェイムスはイギリス映画『第三の男』でアントン・カラスが弾く「ハリー・ライムのテーマ」のツィターに魅せられツィターの弦を生産しはじめました。映画だけでなく主題歌の「ハリー・ライムのテーマ」も世界的に大ヒットしましたが、ツィターという楽器はヤケクソに弾くのが難しいため楽器自体は普及しませんでした。そのことがロトサウンドの方向性を変えたのです。それで思い出にこのツィターが飾ってあるというワケ。

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昔の商品たち。こういう昔のデザインっていいですよね。ナンカ神保町あたりに昔からあるコーヒーのうまい喫茶店のマッチみたい。とりわけ60年代前半はスウィンギン・ロンドンの真っ只中でカーナビー・ストリートが世界のファッションの中心にもなった頃です。こうしたデザインがイカしていたのも当然のことなのかもしれません。

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さぁて、ここからがロトサウンドの真骨頂。

ジェイムス・ハウはアーティスト・リレーションの拡大に多大な力を注ぎました。膨大な数のブリティッシュ・ロック・アーティストに接しロトサウンドの優位性を説いたのです。

この写真は社長室に飾ってあったものの一部。他にも色々と飾ってありましたが、1枚だけ個人的な趣味で掲載します。The Moveです。天才・ロイ・ウッド(右端)、カッコいい!

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そして、マメなジェイムスのこと、雑誌に掲載した広告をほとんどすべてスクラップしていたのです。以下はそのスクラップの一部。アーティスト名が入っているものにつき、ジェイソンに頼んで後からメールしてもらいました。NME(New Musical Express:世界的な影響を誇る1952年創刊の老舗音楽雑誌)誌の三行広告(?)。

「こういうアーティストが使っています!」というエラク直截的な広告です。

もう名前を見るだけでうれしいイギリスの名バンドが目白押しです。ザ・フー、ムーディ・ブルース…ジャスティン・ヘイワードが使っていたみたいですね、ザ・ムーヴ。

ところで、The Whoの『The Who Sell Out』っていう1967年のアルバムがあるでしょ?このアルバムは架空のラジオ放送という仕立てになっていて、曲間にCMが入るんだけど、6曲目の「Our Love Was」という曲の直後にはナント、ロトのコマーシャルが出てくるんです!ほんの1、2秒なんだけど、CM丸出しのメロディに乗って「Hold your groove together, ROTOSOUND STRING!」と歌われます。スゴイ!

先日、ビリー・シーンに会った時(ビリーはロトサウンドのエンドーサーでシグネイチャー弦も発売しています)これ知っているかどうか尋ねたところ「もちろん知ってるサ!」といってこのCMのメロディを完璧に歌ってくれました。サスガ!

そのロトの直前のCMはオックスフォードストリートにあった「Speakeasy」という有名なクラブも登場するのです。(Speakeasyについては別の回で詳しく紹介します)

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YESはクリス・スクワイア。ELPは当然グレッグ・レイク。そういえば思い出した!昔々、ELPを「エルプ」と発音するかどうかという論争があって、「エルプ」はないんじゃないか?あまりにもカッコ悪いし軽いよね!という意見が多かったんだけど、8月にレポートしたHigh Voltageの時、マーシャルのダニー・トーマスがバックステージで小声でこう言ったのを私は聞き逃さなかった「さぁて、エルプでも見に行くか…」 。イギリス人は「エルプ」って言うんですね。これで「エルプ」論争は30年以上の時空を超えてひとりだけで勝手に終焉を迎えたのであります。

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ここはスゴイ!ウジャウジャ出てくるよ!ウィッシュボーン・アッシュにスティーライスパン。マンフレッド・マンズ・アース・バンドなんてうれしいね!MOVEがELOに変わってる。エルトン・ジョン・グループはデイヴィー・ジョンストンかな?ディー・マレイかな?T.REXの名前も見える。

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こんな調子でスクラップが延々と続くんです。見ていてメッチャおもしろい!興奮すること間違いなし!

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ロキシーまで出てきた!ロキシーはベーシストが基本的にいなかったのでこれはフィル・マンザネラが使っていたことを意味するのかしらん?

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ディープ・パープルはロジャー・グローバーでしょうなぁ。ジェイソンから送られてきたこれらの写真の中には見当たらなかったけど、ユーザー名の中に個人的にうれしい名前をみつけました。

それはテリー・スミス。イギリスのブラス・ロックバンド、IFのオリジナル・メンバー。この人は完全にジャズの人で、IF でのレコーディングでは目立ったプレイを残さなかったけど、ソロアルバムはとてもいいです。ビッグ・バンドと共演している『Fall Out』は特に素晴らしい。オススメです。ジェイソンにこのあたりの話しをしたら大層驚いていました。「何で日本人がテリー・スミスなんて知ってんの?」って。 タマタマです。

それはさておき、やはりこうして見てみると冒頭に述べた通り「ブリティッシュ・ロックを支えた弦」ということが言えるのではないでしょうか?

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と楽しい一日もこれで終わり。SEVENOAKSの駅から電車でロンドンへ帰ります。

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こういう電車のホームの風景は日本とまったく同じで(日本がマネしたんだけど)おおよそ外国へ来ている感じがありませんな。

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(スクラップの写真提供:Jason Howロトサウンド会長  Cheers, Jason!!)

つづく   

2011年6月23日 (木)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.16~ブリティッシュ・ロックを支えた弦<前編>

今日はロンドン・ロック名所から離れてちょっと珍しい場所へご案内しましょう。
旅の起点はここチャリング・クロス駅。地下鉄の駅ではなく、British Railway、いわゆる国鉄の駅です。

で、どこへ向かおうとしているのかというと、ほぼ1時間ほど乗ったところのSevenoaks(セブンオークス)というところ。ここにはイギリス唯一の弦のブランド、ROTOSOUND(ロトサウンド)の工場があるのです。

その工場を見学できるという機会に恵まれたので今回と次回は『ロック名所』の一編としてレポートをお届けします。

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ところで、弦の工場が『ロック名所』なのかって?

と言ってる間にセブンオークスに到着。これが駅。

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モロにロンドンのベッドタウンというロケーション。とても住みやすそうです。このセブンオークス、実はビートルズが「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の今でいうPVを撮影した公園かなんかがあるところなのです。これが『ロック名所』たる第一の要因。チト苦しいか…。

でもとにかく感じのいい街。ロンドンからちょっと離れるだけで絵のように美しい田園風景が惜しげもなく広がるのはうらやましい限りですね。

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駅から車で2~3分。すぐ着いちゃう。これがロトサウンドの工場。そしてこの工場こそ今回の『ロック名所』の本当の名所たるゆえん。

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ロトサウンドは1958年創業の老舗弦ブランド。驚くほど大勢のイギリスを代表するギタリストやベーシストがロトサウンドを愛用し栄光のブリティッシュロックをクリエイトしてきたのです。つまり、やや無理を承知で言うと、ロトサウンドがなければブリティッシュロックは今と違う姿をしていたかもしれない。中へ入っていきましょう。

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まずは材料を保管する倉庫から。

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すぐに商品となるべくゲージ、素材が明確に識別されています。

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こうして見ると単に弦といっても本当にバラエティに富んだ素材があるもんです。

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これが弦の本体となるワイヤー。

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これはボールエンド。この黄金の玉々がブリティッシュロックの一端を担った弦の片側の終点かと思うとこんなにピカピカしちゃって何だか愛おしくなってくる。
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古式ゆかしそうな機械もいまだに稼動している。

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これはボール・エンドにワイアーを引っ掛けてねじっているところ。これでしっかりとボールエンドが弦と一体化する。

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工場では比較的貫禄のある機械と最新鋭の機械が共存している。

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古きよきところはそのまま残しつつ最新のテクノロジーを導入しているのがいかにも英国流です。

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  つづく ---次回もロトサウンド工場見学。アット驚くエピソードが入ってるかもよ~!

2010年11月15日 (月)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.14~ハイド・パークの角で

Hard Rock Cafeは現在のところ149店を53カ国に展開しているらしい。そして、ここハイドパークのすぐ近くの店舗こそ1971年6月にオープンした第1号店なのです。

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店内にロック関連のグッズが所狭しと飾ってあるのは東京のお店と変わりはありませんが、何しろロックの本場だけあって、その内容はかなり充実しています。

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でも、このロンドンのお店の最大の見所はナントいってもコレ。行列ができているでしょう?このレストランの隣に位置する建物の1階、イギリス風に言うならG階にはグッズ・ショップが入っています。でも、行列の皆さんのお目当てはそのショップではありません。皆さんのお目当てはVault。地下貯蔵室、ま、「蔵」ですな。地下には人が10人も入れば一杯になってしまうような小さい部屋があってそこに更に貴重なロック・アイテムが展示してあるのです。彼らはそこへ入る順番を待っているというワケ。

どんなものが飾ってあるかというと、例えばジミ・ヘンドリックスが使っていたというフライングV、例えばキース・ムーンが着ていたジャケットなどなど。しかも、Vを抱えて写真を撮ろうが、ジャケットを着込んじゃおうがそれらは自由!ここまでユルイと「オイオイ、これマジでホンモノなのかよ~?」と心配したくなってきます。(これは5年ほど前の話しですので、現在これほど自由なのかどうかは不明ですので悪しからず)

それでもせっかくロンドンまでやって来たのですから、「ホンモノ」と割り切ったうえに長いこと待ってでもご覧なるとよいでしょう。間違いなくロック名所の一箇所です。

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これはハイドパークの入り口。もちろんやたらと大きい公園ですからたくさんの入り口があります。イメージだけですが、NYCのセントラル・パークよりはグンと安全な感じ。

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1998年、JCM2000 TSLシリーズを発表した時、マーシャルからデモンストレーション・バンドを招聘しました。ギターは(昔は)おなじみジェフ・ホワイトホーン、ドラムは元マンフレッド・マンズ・アース・バンドのジョン・ロングウッド。名古屋へ移動する時、新幹線の席がジョンと隣り合わせになりました。彼はその時日本が初めてで、こう質問をしてきたのです。「ねぇ、東京っていくつぐらい公園があるの?」

公園の数なんて気にしたことなんかありゃしない。「いくつか大きな公園はあるけどハイド・パークほどじゃないねぇ」程度の返答しかできないどころか、何でこんなことを訊いてくるんだろうと不思議に思ったものです。

ところが初めてロンドンに行った時に瞬時にこのことを思い出し、なぜジョン・ロングウッドがそう尋ねてきたのかがわかりました。ハイドパークやリージェンツ・パーク、ビクトリア・パークといった広大な公園をはじめとして、ロンドンにはいたるところに公園が散在し、緑の量が実に豊富なのです。

これ光景になれていたジョンには初めての東京が「灰色」に見えたに違いません。

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しかし!我々にとってのハイドパークといえば緑でも灰色でもありませんよね?そう、ロック・コンサート。数々の名演がここで生まれたのです。

調べてみると、

1968年のピンク・フロイド、ジェスロ・タル、トラフィック、フリートウッド・マック(ヨダレが出ますナァ)

1969年のブラインド・フェイス、キング・クリムゾンのデビュー、ストーンズ、CSN

1970年はピンク・フロイド、エリック・バードン、ウォー&キャンド・ヒート

1996年にはフーが初めてライブで「四重人格」を全曲演奏したのもここ。その時のサポートギタリストは先述のジェフ・ホワイトホーンでした(NYCではMSGで演奏)。

など…。

1976年のクイーンは15~20万人を動員し、ハイドパーク・コンサートの動員最高記録をマーク。

2004年のレッチリは1週間ここを占拠し、3回のコンサートの合計で1箇所の会場での世界最高動員数を記録した…とある。

にぎやかな様を想像しつつこの静かな公園を眺めるとあたかも川中島の合戦場のようですな。

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<おまけ>

ホラ、ゼネコンまでBECK。私にとっての「BECK」はJEFF BECKの「BECK」ですよ。

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つづく

2010年9月29日 (水)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.13~不吉な話題

今日は不吉に…。この建物はハイド・パークから通りをひとつ隔てたそのすぐ裏手、メイフェア地区の端っこにたたずむフラット。この建物かつてはハリー・二ルソン(アメリカ人)が所有していたもの。リンゴ・スター他が経営する会社が建物を設計したらしい。ハリー・二ルソン(=二ルソン)はバッド・フィンガーの「Without You」をヒットさせた人。マライア・キャリーも唄っていましたね。でも、私にとっては二ルソンといえば何といっても「Everybody's Talkin'」。映画『真夜中のカウボーイ』の主題歌のアレです。…て、ともするとまた話題が『真夜中のカウボーイ』へ行ってしまうのを今日はグッとこらえて次へ進む。

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二ルソンが所有していたというだけでは足を棒にしてまでわざわざ出向いたりしません。ここは、1974年にママス&パパスのキャス・エリオットが、そして、1978年にはザ・フーのキース・ムーンが亡くなったフラットなのです。しかも、同じ部屋で…!

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二ルソンは友人の相次ぐ死に心を傷み、このフラットをピート・タウンゼンドに売却したそうです。知らなきゃ通り過ぎてしまうところですが、知ってこうして建物を眺めてみると何やら不気味な雰囲気が出ているような気になるから不思議ですな。住民は知っているのかな?

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ハイド・パーク沿いに西へ向かう途中で見つけたビル。ロックとは何の関わりもござんせんが、ブルーのプラークがふたつ壁面に付いています。

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ひとつはコレ。アメリカの有名な銀行家、ジョン・ピアポント・モルガンが住んでいたフラット。現在の「モルガン・スタンレー・~」のモルガンです。なぜ「銀行家の元住居」などという場違いなポイントが登場したかといいますと、このJPM(オ、JMPに似てる!JMPはJim Marshall productsの頭文字です)にはちょっとした思い出がありましてね。

初めてニューヨークに行った時、自分も日本人であることをタナに上げてマンハッタンのどこへ行っても日本人がいることに驚いたワケですが(もちろん観光地に限っての話し)、まったくそれらしき人を見かけなかった場所がふたつあったのです。ひとつはブルックリン橋の上、そしてもうひとつはアッパーイーストにある「ピアポント・モルガン・ライブラリー」だったのです。これは元のモルガン氏の住居が図書館になっており、建物と蔵書の美しさに驚きました。NYCの隠れたおススメ観光スポットです。

実はもう1か所あるにはあったのですが…。それは、イーストビレッジにある(あった?)「Fez」というジャズ・クラブ。ここは毎週木曜日になるとミンガス・ビッグバンドが出ていて、それが見たくてひとりで出かけて行きました。地下の密室のようなクラブで、日本人らしき人はひとりもいない…。あれほど、「どこへ行っても日本人ばかり」と辟易していたのにイザこうなると恐ろしく不安になるから情けない!と思っていたら、ちゃ~んとふたり連れのネクタイをしめた日本人のおじさんが入ってきましたわ。おじさん、接待してた。

あの時のバンドのメンバーがまたスゴかった…ランディ・ブレッカー、スティーヴ・スレイグル、ジョン・スタブルフィールド、ロニー・キューバー、ケニー・ドリューJr.、ジーン・ジャクソン等々。素晴らしい演奏でした。

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そして、右隣はジョン・フィッツジェラルド・ケネディ。つまりJFK。時代は違えど、ふたりここに住んでたんだネェ~。タメになるネェ~。

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今日は不吉な話題で始まったので最後も不吉なもので〆ます。これ、ビクトリア駅で見かけたポスター。「年間に○○人の人が鉄道の電気事故で命を落としています…注意してね」というような内容なのですが、デザインが秀逸。枕木が棺桶になっているのです。

むりやりマーシャル・ブログに結び付けるのであれば…今の筆記体のMarshallロゴ(Script Logo)が採用される前はブロック体で表記していました。その字体は棺桶に付される文字に酷似していたため、コフィン・ロゴ(Coffin=棺桶)と呼ばれていました。また、60年代、スピーカー・キャビネットの需要が爆発的に増進し、製造が追いつかなくなった時、マーシャルは実際に棺桶メーカーに製造を手伝ってもらっていたことがあるそうです。

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つづく

2010年7月30日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.12~ととのいました!「モッズ」とかけまして…

ととのいました!

「モッズ」とかけまして、「初めて行く場所へのドライブ」と解きます。

その心は…

どちらも「カーナビ」が欠かせないでしょう!

マブッちです!

…というワケでぇございまして、今日はカーナビー・ストリートのご紹介から。ここが入口。入口にある公衆トイレ(ノッケから失礼!)です。花が飾ってあったりして、サインがなければトイレに見えないかもしれません。

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とりあえず中に入ってみるとこんな看板が…可愛くない?コレすごいよ。"CAUGHT SHORT"というのは「不意打ちを食らう」とか「思いがけず必要なものがない!」みたいな意味ですが、"CAUGHT SHORT IN WESTMINSTER?" つまりウエストミンスター地区で行きたくなっちゃったら、電話してね!公衆トイレの場所を教えてあげますよ…ということ(Thanks for your lesson, Ellie!!)親切ですね~。でも場所がわかってもそれからじゃ遅いんじゃない?日本にはないサービスだよね?このイラストが何ともかわいい!

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カーナビ―・ストリートの定義は「オックスフォード・ストリートとリージェント・ストリートに近いロンドンはソーホー地区のショッピング通り」ということになっていますが、ファッション(マリー・クワント他)や音楽を通じたモッズやヒッピー文化のメッカということですよね。

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ビートルズをはじめ、スモール・フェイセズ、ザ・フー、ストーンズがこの辺りを跋扈してたワケです。というのもこの近くにあの有名なクラブ、マーキーがあったんですね。(高崎さん本人から聞きましたがLOUDNESSはマーキーにも出演しているんですね~。マーキーは何度か移転していますので、こことはまた別のロケーションになるはすですが、同じ日本人としてマーキーに出たアーティストが日本にいるというのはこれまたうれしい!ベテラン・メタル・バンドのGARGOYLEも出演しました)

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ModはModernistの略語で50年代の後半から60年代の半ばから後半にピークを迎えたムーブメントです。あのフーの『さらば青春の光』のヤツね、スクーターの。実際、音楽的にはビートルズのような洗練されたものより、もっとR&Bっぽいものが好まれていたようです。具体的にいえばスモール・フェイセズ、ザ・フーであり、ヤードバーズやらキンクスやら。

そういえば、ピート・タウンゼンドのリクエストによって誕生したマーシャルの8×12"のキャビネット、フーの他にスモール・フェイセズが買ったらしいのですが、それって使われたのかな?写真が残ってたら見たいな。それほどスモール・フェイセズも音が大きかったのかしらん?ま、スティーブ・マリオットの声に合わせると大きな音が必要だったのかね。してみると、ケニー・ジョーンズはその両方に在籍していたワケでよほど大音量に縁のある人なのかしら?

でも、今ではモッズのかけらもない…とおもったらこんなところに発見!でもこれだけ。

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案内板もおしゃれ。

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こちらは反対側の入り口。ほんの100mちょっとぐらいの長さなのです。イヤ、もうちょっとあるかな? それにしてもこんな名物通りも有名ブランドの店がひしめき合ってて風情がないね~。昔はさぞかしオリジナリティが溢れててステキだったんだろうな。仲見世がチェーン店だらけになったらどうしよう!

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さて、カーナビー・ストリートを離れてハノーバー・スクエア でPret A Mangerのサンドイッチをダイエット・コークで流し込んで(あ~ザルそば食べたい!)次のポイントに移動。

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向かったのはこの白い建物。青いプラークが壁面に付いています。

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ここはジミ・ヘンドリックスがかつて住んでいたフラットなのです。ここにいたんだゼ!ここら辺ウロチョロしてたんですよ、ジミ・ヘンが!1959とか部屋に置いてあったのかな?

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そのすぐ左となりにもプラークのついた建物が…。

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こちらは何と1723年から死ぬまでヘンデルが住んでいた場所。スゴくない?ジミ・ヘンの家の隣がヘンデルなんですよ!

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まだつづく…どころか続編制作中!

2010年3月19日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.11~「IV」と「アクアラング」そしてジミ

めずらしくハマースミス&シティ線に乗ります。生まれて初めてロンドンに行った時、泊まったホテルが「オルドゲイト・イースト駅」というところにあったのでこの路線はなんとなく愛着があるような気がします。しかし、そのホテルはインド人街の真っただ中にある安ホテルで、ホテルの中まで物乞いが入ってくるようなところでした。しかし、その物乞いの英語がものスゴイ訛りでホテルの人に英語に通訳してもらいました。

「金くれって言ってるよ」って。

この話は以前にどこかに書いたかな?もうひとつ覚えているのは、その晩の7時ごろ、ホテルの部屋に入るやいなやひとりで寂しいのでテレビをつけました。BBC。テレビから流れてきたのは大好きな10ccの「人生は野菜スープ(Life Is A Minestrone)」でした。当て振りのライブフィルム。このゴールデンタイムに10ccがテレビに出てる!「ウワ~、オレ今イギリスにいるんだ~」とその時実感しました。そのあとの番組ではちょうど、これまた大好きな黒澤明のドキュメンタリーが放映されて「アレ、オレ今イギリスにいるのかな?」なんて妙な気持ちに…。初渡英への期待は大いに膨らんだのでした。

さてハマースミス&シティ線、降りた駅はLadbroke Grove(ラドブローク・グローブ)というところ。

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ジュリア・ロバーツとヒュー・グラントで有名になった「ノッティング・ヒル」にほど近いところです。

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ロンドンの街を歩いているとフリーマーケットとかお祭りの露店みたいなものを容易に出くわします。これを見て歩くのがまた楽しいのだけれど、ここもそう。商店街というのかな?ポートベロー・マーケットという通り。アンティーク、ニュー・グッズ、果物と野菜…なんてエリア別に出ているお店が整理されています。中古レコード屋さんなんかもありましたが、ま、中古レコードやらCDは日本が一番ね、私の場合。リチャード・ブランソンの自伝を読むとヴァージン・レコードの事務所も昔この辺りにあったとか。

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観光客もたくさん訪れているようで相当賑やか!天気悪!今にも泣き出しそうな空。イギリスは天気が悪いこともよく知られていますが、これがまた生半可なフリじゃない!でも傘を持って歩いている人を見かけないし、雨が降ってきても割合平気で濡れて歩いているし、あんまりフリが激しいとのんびりと雨宿りをしているし…。雨に対する感覚が日本人とは全然違う感じがするナァ。目指すのはこの裏通り。

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ここです。スゲェ落書き…イヤ、それともこれちゃんとしたペインティングなのかな?

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もともとは教会だった建物なのですが、ここはSarm West Recoding Studioといって頻繁にレコーディングが行なわれているところなのです。

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しかも、レッド・ツェッペリンの『IV』やジェスロ・タルの『アクアラング』もここで録音されたとか!ここをイアン・アンダーソンが入ってったのかな?ストーンズとボブ・マーリーが同時にレコーディングをしていたこともあって、ボブ・マーリーはここに住んでいたそうです。

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ちなみに数年前にイギリスのClassic Rock Magazineの2006年の4月号に『THE 100 GREATEST BRITISH ROCK ALBUMS EVER』というイギリスの音楽業界関係者による人気投票が発表されたことがありました。せっかくですからベスト10ぐらいは引用させてもらいましょうか?

第10位はFreeの『Fire And Water』。よっしゃ!ドマーシャル!

第9位がストーンズの『Exile On Main Street』。ま、いいんじゃん?

第8位はツェッペリンの『II』。マーシャル、順調順調!

第7位がこれまたツェッペリンの『Physical Graffiti』。当然!

第6位はビートルズの『Abbey Road』…『ロンドン・ロック名所めぐり』のVol.3を見てください!

第5位はボウイーの『The Rise And Fall Of Ziggy Stardust Ant The Spiders From Mars』。これも当然上位に入るでしょう。異論なし。『ロンドン・ロック名所めぐり』のVol.8を見てください!ミック・ロンソンはマーシャルだったのかしらん?

第4位にパンク。セックス・ピストルズの『Never Mind The Bollocks, Here's The Sex Pistols』。コレってマーシャル使ってんのかな?一時はクリス・スぺディングがギターを弾いているとかいう噂があったけど本人に完全に否定されていたね。今聴くと普通のハードロックに聴こえるところがおもしろい。それがまた皮肉にも新鮮だったりして!

これよりベスト3!

第3位はPink Floydの『Dark Side Of The Moon 』。これも文句なしでしょう。マーシャル使っていようがいまいが、んなこたぁ関係ない。

第2位はThe Whoの『Who's Next』。マーシャルじゃないけどピートがマーシャルを作ったようなもんですからね。名盤です。これは絶対にDelux Editionがおすすめ。

そして栄えある第1位は…よっしゃ!来たぜマーシャル!! ツェッペリンの『Ⅳ』となっておりました。通に言わせると『Ⅰ』から『Ⅲ』までやったことのすべてが『Ⅳ』で昇華させたかららしい。ここで作られたんですよ~。ためになるネェ~。

このベスト10、ツェッペリンが3枚も入ってる。パープルは『In Rock』が最高位でそれでも13位。クイーンやシン・リジーが案外下の方でプログレは総崩れ。クリームというかクラプトン関連が弱いのが意外でしたね。それとAC/DCがイギリスのバンドとして扱われていた。ヤング兄弟がイギリス生まれだからかな?それとも…。

イギリス人ってツェッペリン好きなのネェ~。でもコレ飽くまでも音楽関係者が投票したアルバムの評価ということで決して人気投票ではありませんのでアシカラズ。

これのマイナー・バンド特集みたいのやったら面白いだろうにナァ。パリスとかグレイシャスとかボクサーとかMr.Bigとかストラップスとか…この辺りはいいバンド目白押しだから絶対面白いよ。

こんな住宅街なのにまったくスゴイ!ここでブリティッシュ・ロックの歴史がつくられていたとはネェ~。

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斜め向かいにはこんなカラフルな家が…。

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ポートベロー・マーケットを後にして丘を登って下ります。もう今にも泣き出しそうな空。でも、次の目的地が見つからない!何しろどこも同じような景色で…。それでも写真だけは撮っていると、どうでしょう80歳くらにはなろうかという、とても小綺麗にしているお婆ちゃんが近寄ってきた。「ヤバい!こんな住宅地で写真を撮ってるから怒られるかも!」と思いきや品のいい英語で、

「ちょっと、あなたどこからいらしたの?」と訊いてくる。

「あ、東京ッす」

「あら~日本から来たの~?それならどうして”サンシャイン”を持ってきてくださらなかったの~?」とおっしゃる。冗談なのかな、可愛いな。

「あの、東京って気温が30℃以上なんすよ。湿度も90%超えてムッチャ蒸し暑いし!僕はロンドンの方がいいナァ~」

と答えたら「アッラ~、そうなの~。そんなに暑いの~。それじゃ、持って来ないでね~」だって。

とこのお婆ちゃんのおかげかどうか、目的の建物が見つかった!下の写真の右手手前。

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真ん中。1970年9月18日、ジミ・ヘンドリックスが嘔吐物を喉に詰まらせて意識不明になったところです。前日はソーホーのRonnie Scott's(『ロンドン・ロック名所めぐり vol.8』参照)に出ていたのに…。

以前は「サマルカンド・ホテル」といって、ジミはここにドイツ人の恋人、モニカ・ダンネマンと住んでいたのです。今はレンタル・フラットになっています。

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また丘を登って下りるとノッティング・ヒルのエリア。

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とても感じのいい街ですな。

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つづく

2010年2月 5日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.10~せっかくのイギリス、たまにはサッカー?  

『名所めぐり』10回目、あと数回を残すところとなりました。今日はサッカーの話題でスタートです。

サッカー・ファンでなくても「アーセナル」って名前ぐらいは知っています。同名の駅がピカデリー線にあります。

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これが駅。これまでに見てきたハマースミスやアールズ・コートとは違って実に簡素。映画館の入り口みたいでしょ?

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駅からちょいと行った角を曲がるとスタジアムがすぐに現れます。

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これがスタジアムかと思うとそうではない。ま、ボックス・オフィスや売店、事務所が入ってるって感じ。

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階段を上って外を見降ろすと民家。コレすごくない?東京ドームと通り1本隔てて普通の家が建ってるのと同じ。マンションならまだわかるけどフラットとはいえ普通の家ですからね。

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この建屋を通って線路を渡るとスタジアムが見える。もうヤケクソにデカイ!博物館なんてのも併設されています。強いんでしょ、このチーム?

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さて、ここからが「ロック・名所めぐり」です。下の写真はまたまた使っちゃうピカデリー線のフィンズベリー・パーク(Finsbury Park)駅。アーセナルのとなりの駅です。だから駅に Arsenalグッズの売店なんかが入っています。

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駅を出てセブン・シスターズ・ロード(Seven Sisters Road)沿いに国鉄のガードをくくると見えてくるのがこの劇場。レインボー・シアターです。結構感動!と同時に「こんなとこにあんのかよ!」とビックリ!もっとロンドンの真ん中にあるのかと思っていた。

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レインボー・シアターとくれば筆者の場合はなんといっても『フォーカス・アット・ザ・レインボー』。それから1971年にフランク・ザッパが乱入したファンにステージから突き落とされて重傷を負ってしまったところ。エリック・クラプトンの『レインボー・コンサート(このアルバムは何かとあまりいい評価を受けていませんが、未発表音源が入っている「レイラ」ではじまるヤツ、すごくいいです)』。大谷令文さんから教わったのは、ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」の輸入盤のジャケットに使われている写真はここで撮られたとか。

この劇場には、ビートルズが最後にコンサートを開いたとか、ジミ・ヘンドリックスがここで初めてギターに火をつけたとかまだまだ逸話が残されています。71年に「レインボウ」の名になった時のこけら落としはザ・フーだったんだって。1971年といえば「Who's Next」の年ですからね、そりゃ素晴らしいライブだったんだろうな~。

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クイーン(1979年)、ヴァン・モリソン(1973年、ザ・カレドニア・ソウル・オーケストラ時代!この時の演奏が名盤『It's Too Late to Stop Now』に収録されている)、ラモーンズ(1977年)、その他ザッと出演したアーティストを調べてみると、ジェスロ・タル、イエス、アリス・クーパー、ウィッシュボーン・アッシュ、モット・ザ・フープル、フェアポート・コンベンション、ピンク・フロイド、スティーヴ・ミラー、ブラック・サバス、デヴィッド・ボウイー、ジェネシス、ELO、ステイタス・クォー、キンクス、シカゴ、ロキシー・ミュージック、オールマン・ブラザーズ・バンド、10c.c.、ベイ・シティ・ローラーズ、Tレックス、スレイド、エルトン、メイデン、ヴァン・ヘイレン、マイルス、エリントン、オーティス、アレサ、JB…エ~イきりがない!

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そんなロックの歴史がタップリと詰め込まれた由緒ある劇場。ぐるりと一回りしてみましたが、比較的さびしいエリアで、ここがそんな場所であったことを表す痕跡は皆無でした。

現在は宗教の施設として使われているそうです。

つづく

2010年1月22日 (金)

ロンドン・ロック名所めぐり vol.9~街中を進むの巻3:今日はセンチにウォータールーの日暮れでも見ようか!

※本日から更新の時間が15:00に変更となっています。

今日のサブ・タイトルは植草甚一さん風にしてみました。

まずはいきなりおのぼりさんムード。おなじみビッグ・ベン。

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この時計塔の下で有名なジャケット写真を撮ったのはThe Whoでした。

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その裏手にはこちらも有名なウエストミンスター大聖堂。私は特にマニアでもないのですが、偶然イギリス三大聖堂って行っちゃってるんですよ。ここウエストミンスター、カンタベリー、そしてリバプール。どれも荘厳で見応え充分です。

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これはウエストミンスター橋。正面の建物はロンドン水族館。巨大な観覧車は「London Eye」といっていつも大行列ができています。この写真後ろがビッグ・ベンを従えた英国国会議事堂。

このロンドン水族館の前では有名な映画のファーストシーンが撮影されています。アルフレッド・ヒッチコックが久しぶりにイギリスにもどって制作した、1972年の『フレンジー』です。ネクタイで首を絞められた女性の死体が流れてくるシーンでした。この『フレンジー』はオール・ロンドン・ロケで、実にロンドンの街をとてもうまく使って撮影していると思います。ロンドンの街をあるいているとどこもかしこも『フレンジー』に登場してくるような感覚になります。ゴメンなさい、ロックと全然関係ないけど…だって映画好きなんだもん!特にヒッチコック大好き!今日はこの後も映画にちなんだ話しが出てきます。

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だんだん日が暮れてきました。後ろを振り返ると国会議事堂。(この写真は故意に露出をアンダーにして撮っています)

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ウエストミンスター橋を渡ってテムズ川べりをくだります。このずっと先にはおなじみのタワー・ブリッジやテート・モダン、セント・ポール寺院があります。このあたりはストリート・パフォーマーが大勢出ていてものスゴイ人出。

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これは有名なロイヤル・フェスティバル・ホールのテムズ川側。いわゆるサウス・バンク・センターの一部。これで夜の8時。ジャンジャン人が集まってきます。ホント、アフター5こそが彼らの一日。人生をエンジョイしてる!って感じ。日本もいつかこうならないかな。 

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こちらが正面玄関(裏かな?とにかくテムズ川の反対側入り口)。この建物はイギリス政府が制定するところの"Listed Building"のひとつで、特別な許可がない限り、建物を壊したり改築したりしてはいけないことになっている。しかもその重要度が"Grade I"となっており(Grade IIIまで区別される)、バッキンガム宮殿やロイヤル・アルバート・ホールと同じレベルだそうです。キャパは2,900席。ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラのほとんどの活動の場がこことされているが、ロックやジャズ関係のコンサートも頻繁に開かれている。

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横の入り口にある胸像は南アフリカのネルソン・マンデーラ氏。碑には…

『「闘争こそ我が人生」 ネルソン・マンデーラ

1962年8月5日、投獄。1964年6月12日、アパルトヘイト政策への抵抗の廉で終身刑を申し渡される。(中略)1990年2月11日、27年間の入獄生活を経て釈放。1993年10月10日、ノーベル平和賞を受賞。1994年5月10日、南アフリカ共和国大統領に就任』

…とある。

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いい川にはいい橋がかかります。隅田川がいい例ですね。吾妻橋、駒形橋、言問橋、厩橋、白髭橋…。テムズ川もそう。最も有名なのはTower Bridge、装飾が美しいBlackflaiyers Bridge、荘厳なWestminster Bridgeなどなど。

これはWestminster Bridgeの欄干。というか街燈。昔はガスで灯っていたんだろうね。まさに"When Lights Are Low"。"Isn't It Romantic?"

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下の写真はWaterloo Bridge。まず名前がいい。そしてここでまた映画の話…。

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『哀愁』というイギリス映画がありました。調べてみると1940年の作品。美男美女が織りなす舞台がロンドンのドロンドロンのメロドラマ。観たのはもうはるか昔なのですが、子供ながらに「クッさ~」と思ったものです。主演はロバート・テイラーとビビアン・リーでしてね…。

ここのコーナー★までワープできます。(映画方面へモンのスゴく脱線しま~す!)

前年の1939年、『風と共に去りぬ』がアメリカで公開された時、多くのアメリカの男性がビビアン・リーにブッたまげたそうです。「オイオイ、イギリスにはこんなに美しい人がいるのかよ!」と。この人は51年『欲望という名の電車』のブランチを演りましたがすごかった。これでスカーレット・オハラ以来2回目のオスカー受賞となったワケですが、この映画、さすがに巨匠エリア・カザンの演出だけあってステラを演じたキム・ハンター(後に『猿の惑星』でジーラを好演)やミッチを演じたカール・マルデン(またこの人がいいんだよナァ。『パットン』もよかったし)、主役のスタンレーのマーロン・ブランドーとまさに火花を散らす演技合戦でサ。このスタンレーが下着=TシャツでいることからアメリカでTシャツ文化が広まったんだって。そんな素晴らしい演技でビビアン・リーもカール・マルデンもキム・ハンターもオスカーを獲得。ブランドーだけが獲れなかった。3年後『波止場』で獲った。そして、おなじみ『ゴッドファーザー』でまた受賞するんだけど「いらんけんね」と断っちゃうんだナ~。カッコいいナ~。

ちなみに51年の主演男優賞は誰かと調べてみると、ハンフリー・ボガートだった。作品は『アフリカの女王』。ん~、このボギーもメッチャよかったもんな。キャサリン・ヘプバーンも受賞に値すると思うけどやっぱりブランチか。作品賞は何だろな?と見るに『パリのアメリカ人』でした。「I Got Rhythm」、「S'Wonderful」、「Our Love Is Here to Stay」などガーシュインの名曲で構成されたミュージカルですね。私的には主人公ジーン・ケリー(この役名が何故かジェリー・マリガンっていうんだよね、確か)の友人役を演じたオスカー・レバントにピアノの技術料も含めて何か賞をあげて欲しいんだけどね。このオスカー・レバントは本当にジョージ・ガーシュインの親友だったとか。『アメリカ交響楽』の最後の「ラプソディ・イン・ブルー」を弾く姿はカメラのすごさもあって至極感動的だった!

ところで、エリア・カザンと言えばレッド・バージ。1998年にアカデミー賞「名誉賞」を授与されましたが、その授賞式でのニック・ノルティの態度にはビックリしましたね。1990年に黒澤明が受賞した時はもちろん、ヒッチコックの時も当然、普通「名誉賞」の受賞というのは満場一致でスタンディング・オベーションとなるシーンなのにそうではなかった。非常にショッキングなシーンでした。

ウチの父は古今亭志ん生を観たことを自慢のひとつにしております(志ん朝なら私も観ましたが)。私は故人でいけばローウェル・ジョージのリトル・フィート、ロイ・ブキャナン、リック・ダンコ あたりを観たのを恥ずかしながら自慢のひとつにしておりますが、見逃して臍を噛む思いも多数しております。フランク・ザッパはまだ子供だったので無理にせよ、たとえばクイーン、たとえばロビン・トロワー、チューブス、スコーピオンズの初来日等々。そして杉村春子が演じたブランチを見逃したのは最大のミスだったかも…。

この文章を書いた直後、NHK衛星で『欲望という名の電車』が放映されたのでまた思わず見てしまった。そこで、またひとつ発見。フランク・シナトラで有名なスタンダード曲「Somebody Loves Me」が2回も流れるのですよ。1回目は冒頭でブランチが兵隊さんに電車の路線を尋ねるところ。この兵隊さんがメロディを口ずさんでいる。(ブランチが「Paper Moon」を口ずさむシーンもあった) 2回目はブランチとミッチが踊りに行った時にバンドが演奏する曲がこれ。これ、こういう発見(ってほどのものではありませんが)は下手な説明よりもよっぽどうまく当時の雰囲気を説明してくれているようでとても楽しい。同じく黒澤明の『野良犬』を観た時…あれは終戦直後が時代背景ですが…ヤミ市かなんかのシーンで「ブンガワン・ソロ」が流れていました。実はその時まで恥ずかしくもディック・リーのヤツしか聴いたことがなかったので興奮してしまったことを思い出します。

また、なぜ「Somebody Loves Me」が気になったかっていうと、毎年フランクフルトの展示会でマーシャルの連中と行くバーにピアノの弾き語りをするドイツ人のおじいさんがいて、必ずこの曲を弾くのです。毎年毎回毎晩…。そうしているうちにこの曲が特段好きでもなかったのに耳についていつの間にかマイ・スタンダードになってしまったというワケ。脱線終わり。

★で、この『哀愁』という映画の原題が"Waterloo Bridge"なのです。ま、戦争で別れ離れになる二人が、この橋の上で再開を約束するワケです。結果はNGなんだけどね(涙)。

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さてさて、よくもここまで引っ張りました。今回のミソはここです。

The Kinks。何回か前にも『Muswell Hillbillies』のジャケ写を撮影したパブを紹介しましたが、今回で2度めの登板。

キンクスに『Something Else』という67年の大名盤があります。このアルバムの最後を飾るのが「Waterloo Sunset」という曲。ナミダナミダの大佳曲。ちょっとお年を召したイギリス人なら誰でも口ずさめるくらい現地では有名な曲です。

次の写真はウォータールー駅。以前はユーロスターの発着駅でした。ちょっと前にJTかなんかのTVコマーシャルのロケでも使用されていましたね。後から来る人のためにドアを開けておいてあげるヤツ。イギリスの人たちは本当にこれやってくれますね。かなり遠くにいてもその人が自分の通ったドアを通過するとわかると開けて待っていてくれる。待たれているこちらはかえって焦っちゃったりしましてね…。

この曲の歌詞に出てくるテリーとジュリーが毎週金曜日に待ち合わせをするのがこのウォータールー駅。

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そんなことにはお構いなしにウォータールーの日暮れを見ていれば幸せな僕。

「僕」が見る日暮れはこんなだったのかな?(この曲をご存じの方は是非ここでメロディを口ずさんでみてください!)

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つづく