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マーシャル・エッセイ

2011年12月28日 (水)

さよならマーシャル・ブログ!

Good bye, Marshall Blog!

マーシャル・ブログは本日の更新をもちまして休刊とさせていただきます。
長らくのご愛読誠にありがとうございました。

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マーシャル・ブログは2008年4月18日、ポール・ギルバート氏のインタビュー記事よりスタートし、今日まで3年と9カ月間、みなさまのご支援を頂戴しその記事数は920を超え、使用した写真は14,000枚に及びました。

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スタート当初は期待したほどすぐにはアクセス件数が上がらず不安になりましたこともありましたが、開始から1カ月も経つとそんな心配もすぐに消え失せ、うなぎ昇りにアクセス件数が増加しました。

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マーシャル・ブログにはいろいろなカテゴリーを設けましたが、人気が高く記事数が一番多かったのはやはり「ライブ・レポート」です。400回近く掲載していることに加え「プロのマーシャル」のカテゴリーでも多数回ライブをレポートしておりますので、全記事の約半数が「ライブ・レポート」が占めたワケです。つまりそれだけの回数…ボツになった記事もありますので、実際にはそれ以上の回数ライブ会場に足を運んだことになります。多い時には日に3か所掛け持ちするのもそう珍しいことではありませんでした。

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「あのレポートを読んでライブに行った気になった!」とのご評価を頂戴したり、回数を重ねるごとにアーティストの方々が「マーシャル・ブログに登場することがひとつのステイタスとなった」とのお言葉を頂戴するようになったことは光栄の至りであります。

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ご高覧の通りマーシャル・ブログがレポートするライブは東京ドームや武道館での大コンサートはむしろ少数派でした。そういったメジャーな場はテレビや雑誌でレポートされるので自然とみなさんの目に触れる機会があるのでさしてレポートの必要がないと考えたのです。それよりも決して演奏会場は大きくないにしてもマーシャルを自在に操り、独自の音楽を追求し、他では決して見ることのできない素晴らしいショウを展開するアーティストに目を向けることが重要であると考えたのです。

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文中に何回も何回も登場した「さくら」や「がんばれ」の(バッド)キーワードを使って現在のロック・シーンを揶揄したことは、ナニも桜の木に恨みがあったワケではまったくありません。あまりにも画一的で退屈極まりない現在のロック・シーンに微力ながら警鐘を鳴らしたかったからに他なりません。

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多くの若者が生まれてからずっと現在テレビで流れている「ロックのようなもの」しか聴いた経験がなく、それらを本気で「ロック」と思い込んでいたらどうお思いになりますか?ビートルズもジミもツェッペリンもパープルも知らないで果たしてロックが語れましょうか?
あの素晴らしく独創的な音楽を知らないでいるなんてまったく気の毒ではありませんか?逆に言えばそうした若者たちは、これから真に創造性豊かな60~70年代のロックの黄金時代を知り、謳歌することができるかもしれないという大きな幸せも内包しています。

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ところが残念ながら自然にそれらを享受することは決してできません。多様な音楽を聴くことは強い自主性を要し、かつ経済的にも負担が生じるものです。

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誰かが教えない限り彼らはジミ・ヘンドリックスの偉大さを知る機会がないのです。

それなら誰かが教えてあげなければ!

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マーシャルとマーシャルを使っていただけるアーティストの力をお借りしてそれを実現しようとしたのがマーシャル・ブログのひとつの目的でした。

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そういう意味では今こそ徹底して攻撃した音楽配信の出番なのかも知れません。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」1曲をダウンロードして「毒をもって毒を制す」ことができるかもしれません。
もちろんロックの歴史を伝播させることは、ロックの歴史の一部を作ったマーシャルの地位を再認識することになり、ひいてはビジネスにもなると考えたのも事実です。むしろこれが本業であり、実際に相当な効果をもたらしたことは疑う余地のないところだと信じています。

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はじめのうちは取材後すぐにアップできていたのですが、回を重ねるごとに取材件数や写真の点数が増え、なかなかそうもいかなくなってしまいました。1日1回のアップデイトでは追いつかなくなり、最近では1か月遅れのレポートが常となってしまいましたことは読者のみなさんやご協力を頂いたアーティストの方々に申し訳なく思っております。

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会場に赴き、ステージを撮影し、そして記事用の写真を選択し(実はこれが一番キツイ作業でした)、記事ごとに1枚ずつ数十回それらの写真をアップロードし、さらにテキストを付していく…。この作業をほぼ100%ひとりでこなしてきました。その結果、この3年9カ月の間休みの日はほとんどありませんでした。正直、毎日の更新をあきらめようと挫けそうになったことも何回かありました。

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しかし、皆さんのあたたかいご支援とアーティストの方々の惜しみないご協力により乗り越えることができましたし、何よりも楽しかった!

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比較的最初期から写真へのご評価を頂戴したことは大きな喜びでありますが、とても意外であったのは拙文への評価であり、本職のマスコミ関係にもご愛読いただいている方がいらっしゃることを知った際には狂喜したものです。

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これまでのマーシャル・ブログは皆さんのご協力で成り立っていました。

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例えばT氏。T氏とはマーシャル・ブログ開始以前から知遇を得ておりましたが、「T氏のコレクション」のアイデアをご説明すると、即座に取材をご承諾いただき、ご自宅へご招待してくださいました。次から次へと出てくるT氏のコレクションを目のあたりにした時の興奮は今も忘れることができません。全24回のシリーズでお送りしましたが、英訳も果たし、このカテゴリーは海外からのアクセスも数多く、いまやT氏のコレクションは世界的に有名なものとなったと確信しています。
記事内に書いた通り、きわめて貴重なマーシャルのアイテムが日本に存在しているということはT氏の偉業であり、日本人のひとりとして感謝しております。
そのT氏は2012年4月、地元の山口県柳井市に「マーシャル博物館」をオープンする予定です。開館のあかつきには世界にも稀なる博物館となることでしょう。

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特に最近ではカメラをぶら提げてステージ前に待機する私の姿を見た見知らぬ方々から「マーシャル・ブログいつも見ています!がんばってください!」とあたたかきお声をかけていただくようになりました。本当に励みになりました。

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繰り返しになりますが前述の通り、本日で私は脱稿しマーシャル・ブログにさよならを告げますが、近いうちに同じような活動で日本のロックを盛り上げるお手伝いをしていきたいと思っております。
それが大好きなロックに対する私にできる唯一の恩返しだから…。

最後の最後で起承転結の定まらない悪文を呈してしましましたが、我が気持ちをお察しください。読者のみなさん、ご協力いただきましたアーティストのみなさん、今まで本当にありがとうございました。

またお会いできますその時まで、ごきげんよう!

Long live Marshall!!

(写真はマーシャルブログに多大なるご協力を頂戴した大好きなアーティストの方々のごく一部の方です。順不同。文章とは一切関連していません)

2010年10月21日 (木)

カナダからのCD

A CD from Canada

カナダのロック・アーティストと言えば…と問われて誰を連想しますか?ニールヤング、ジョニ・ミッチェル、BTO、パット・トラヴァース、ラッシュ、フランク・マリノ、ハート、ザ・バンドなんて「アメリカの心」みたいに言われているけどレヴォン・ヘルムを除いては全員カナダ人でしょ?モキシーなんてのもいたな。まだまだいるぞ、ブライアン・アダムス、アラニス・モリセット、アブリル・ラヴィーンもそうか。錚々たる顔ぶれなのですよ。

今年のLOUD PARK東京の2日目のトップ・バッターの座をマーシャルで固めた3 Inches Of Bloodもカナダのバンドだ。

ジャズではオスカー・ピーターソンとメイナード・ファーガソン位しか思い浮かばないな。ロブ・マッコーネルもそうだ。調べてみるとレニー・ブルーもカナダ人なんだってね。

カナダの友人からCDをプレゼントされた。

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カナダでマーシャルを輸入販売している会社に勤めるピーターからだ。要するに同業者。やはりこういう業界にいる人達は元ミュージシャンという経歴を持っていたり、現在もバンドに属して音楽を楽しんでいる人達が多いのは洋の東西を問わない。

年に1度開催されるマーシャルの会議にピーターはいつもトラベルギターを持参して来て、ディナーの後彼の部屋に入り込み、これまた彼持参のキャプテン・モーガンをストレートで飲みながら頭がグラグラするまでギターの腕を見せ合うのを楽しみにしている。もちろんそんな状態じゃ指など全然回りはしない。回るのは目ばかりだ。

彼は自らのアレンジによるビートルズナンバーを披露してくれたりして、「これはタダ者ではないな」と以前から思っていた。
そこでそのCD。ま、期待半分、マーシャルブログの原稿を書きながら軽い気持ちで聴いてみた。バンドの名前はTAXEDO HOTSPUR。
どうあがいても普通では入手できないアイテムなのでいちいち細かい説明をするとシラけてしまうので簡便に済ますが、何でもこの作品は有名レーベルと契約をしたが空中分解して日の目をみなかったようだ。1972年のことだ。

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さて、肝心のピーターのCD…これが実にいいのだ。

思わずキーボードを打つ手を止めて聴き入ってしまう。これが海外の連中の実力なんだなと感心しきり。1972年ですからね。
TUXEDO HOTSPURの存在が結果的にアマチュアに毛のはえた(皮肉なことにピーターはもうウスイ)程度のバンドと言えばもちろん失礼になるが、先に連想したカナディアン・バンドと何の違いがあろうか?何という音楽レベルの高さ!

1972年の日本の音楽界はどうであったか?
1972年といえば日本では小柳ルミ子の「私の城下町」やぴんからトリオの「女のみち」が大ヒットした年。天地真理ちゃんも絶頂期だった。個人的に印象に残っているのは「ハチのムサシは死んだのさ」かな?(今にして思うとこの歌詞は何なのだろうか?)
また、この年はキャロルやアリスがデビューしている。オリコンのTOP50を見ると見事にロックバンドはひとつもチャートインしていない。歌謡曲とロックが別の世界にあったロックにとっていい時代だったのだ。

海外勢ではパープルの『ライブ・イン・ジャパン』やボウイーの『ジギー・スターダスト』を発表した年だ。海外でもロックがもっともよかった時代だね。

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もし、このCDが通常にマーケットに流通し、日本国内盤が発売されていたら間違いなくお金を出して買っていたであろう。曲のクォリティの高さは言うに及ばず、演奏能力も何ら問題がない。
しかし、同世代の日本のロックと比べると何かがものすごく違う。それはいわゆる「空気感」ではなかろうか。ロックは飽くまでも西洋の人達が発明した文化で、我々極東の一島国に暮らす我々にとっては飽くまでも借り物の文化にすぎない。その半面、我々には世界でもっとも高度で美しい言語があり、これまた心の琴線をかき鳴らす美しいメロディにのせた「歌謡曲」という素晴らしい文化をもっていた。
もちろん日本の歌謡曲に相当するような「ポップミュージック」とよばれる大衆音楽はイギリスにもアメリカにも存在するが、彼らと音楽の話をすると我々がやや身構えて聴いたロックが普通に彼らの歌謡曲のレベルであることを思い知らされる。当たり前だ。歌謡曲が我々の生活に染み込んでいたように彼らにとってはロックはいつも身の回りに存在する生活の一部なのだ。
そんな環境にいるヤツらに土台かなうわけがない。

また、こうして外国人というルックスだけでもうロックという形態が完結してしまうのも否めない事実であろう。これもロックが彼らの文化であることを物語っていることに他ならない。

『TAXEDO HOTSPUR』を聴きながら、最近の日本の音楽業界を鑑みつつそんなことを考えてしまった。

そして、ピーターはギターを捨て、今猟師として活躍している。Img_1876
ウッソ~、だからカナダでがんばってマーシャル売ってます。

素晴らしい音楽をありがとう、Peter!

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A CD from Canada

Who do you convey when you are asked about Canadian rock musicians?  Neil Young?  Joni Mitchel?  BTO or Pat Travers?  Rush, Frank Marino, Heart? Or The Band?  The Band is called like “The Heart of America”, however, they are all Canadians except Levon Helm. 

We had Moxy……  There are more great musicians such as Brian Adams, Alanis Morissette, Avril Lavigne as well.
3 Inches of Blood who appeared in LOUD PARK 10 in Tokyo as the opener of DAY2  with Marshalls is also a Canadian band.
When it comes to jazz, I can easily convey Oscar Peterson and Maynard Ferguson.  Who else?  As I checked, I got to know a great guitarist, Lenny Breau is also Canadian.

I received a CD from my Canadian friend.

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It is from Peter who works for the Marshall distribution company in Canada.  Namely he is an ally.  There are so many people in this industry who have a career as professional musician and still belong to bands and enjoy the music.

Peter brings his travel guitar to England where Marshall’s annual forum is held and I come into his room after dinner and show guitar playing each other while we have straight Captain Morgan which also he brings. This is one of a highlight of the trips.  Of course, my finger does not work due to the alcohol. 

He plays original arranged Beatles song and I thought he was not a common amateur guitarist.

I started to listening to the Peter’s CD during typing the article for Marshall blog without any prejudice.  The name of the band is TUXEDO HOTSPUR.  And the album title is “GOING TO MONTREAL”.
This band signed with a major label, however, the band split up due to member’s retirement.  Their field was supposed to be in NYC but a member came back to Montreal.  It was in 1972.

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By the way, how is this CD…….?  It is amazing!!  Unconsciously I stopped typing and concentrated on their music.  I was surprised at the level of the foreign bands. 

After all, I think TUXEDO HOTSPUR is categorized into amateur bands with hair .(this is
A  Japanese idiom which implies something slightly better than others.  And ironically Peter has few hair.  Sorry Peter-san!  So do I!!)   BUT I cannot recognize big difference between their music and the famous bands/musicians listed up in the beginning.  How high their music level is?!
Again it was recorded in 1972!!

Then what kind of music was going around in Japan in 1972?
As I checked the status, I found any rock band was not in Top50.  Rock was apparently distinguished from Japanese pop music “Kayo-kyoku” which occupied the hit chart.  In other words, rock was a minor music in that era.  Again in other words, it was the most creative era for Japanese rock.
Deep Purple’s “Made In Japan” and Davis Bowie’s “Ziggy Stardust” were
Released in 1972.  One of the great moments of rock music.
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If “GOING TO MONTREAL” had been circulated in the Japanese market, I would have bought it with own expense.  Needless to say, the song quality is very high, playing ability is perfect.  But something else is quite different from Japanese rock in the same era. 

I think it is a kind of “mood”.  A mood for rock.
Rock is a culture created by western people, and for us, who live in one of the far east
Island, is just a borrowed thing.  On the other hand, we used to have the Japanese pop music “Kayo-kyoku” consists of one of the most sophisticated language in the  world and beautiful melody which strike a chord in the heart of listeners.
Of course, there are pop music, the equivalent of “Kayo-kyoku” in the western
countries.  But I talk to such western people, I cannot help recognizing the difference
in the way of listening to music.  Rock for them is just like Japanese pop music for
us.  This means like Kayo-kyou penetrated into our life, rock was a part of their life.
We basically cannot get over them who live in such a circumstances.
And their appearance makes their rock perfect.  This implies rock is their culture.

In view of the situation of current Japanese music scene, I thought those things
while I listened to TUXEDO HOTSPUR.

And now Peter makes ends meet as a hunter.

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Just kidding!!  He works hard for selling Marshall products in Canada!
Thank you very much for the great music, Peter-san!!

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2010年4月 8日 (木)

ジム・マーシャル逝く!

少々遅い情報で恐縮ですが…。

「ジム・マーシャル氏逝く」

といっても我らがガバナーではなく、写真家のジム・マーシャル氏のこと。2010年3月22日に永眠した。

もちろんその名前は我々にとっては「マーシャルの生みの親」の「ジム・マーシャル」が最も近しいところだが、他にアメリカン・フットボール選手、野球選手の「ジム・マーシャル」さんというのもなかなかに有名らしい。

ま、スポーツにはとんと疎いマーブロのこと、自然と写真家のジムに耳目が集中するわけ。

下の写真はジム・マーシャルの写真集「密着(フレックス・ファーム社刊)」。はじめ「エ?ジム・、マーシャルの写真集?!」と聞いてジムがマーシャルの三段積み前でポーズを取っている写真集かと思ってギョっとしたが(そんなこたぁない)、フォトグラファーのジム・マーシャルは60年から70年にかけてのミュージシャンや文化人の姿を美しいモノクロ写真に数多く残す斯界では著名な存在だ。

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ロックではモンタレーのジミやジャニス、ジョニー・キャッシュ、ジム・モリソン、ストーンズ、フー、サンタナ、デッドなど。ジャズではマイルス、モンク、コルトレーンなど。構図といい、色合いといい、それぞれ惚れ惚れする姿でフレームに収まっている。

写真は光と時間の記録。撮った瞬間、その事象は過去のものとなって撮られた写真でしか見ることができない。いくらビデオの技術が発達してもその「瞬間」を捉え、そして切り取ることができる最高の媒体は写真でしかないと思う。

最高の素材を鋭い感性でもって最良のテクニックでとらえているこの本に収められた62点の写真を見ていると本当に時の経つのを忘れてしまう。

恥ずかしながら、マーブロの写真もジム・マーシャルになったつもりで撮ってるんですけどネェ~。

この本の面白いところは右のマスター・カットに対し、その前後のネガが左ページで見れるようになっていること。それをひとつひとつ見ていると、同じようなカットがズラッと並んでいる中で確かに一番カッコいいカットが選ばれていることに気づく。これ当たり前のことのように思えるが実は非常に難しい作業なのではないか?というのも、マーブロ用にライブの写真を撮っていて、どれを記事に使おうかと迷うことが大変多く、写真は撮るより選ぶほうが難しいんだナなどといつも苦しんでいるから。

その点、ジム・マーシャルはどうだろう?「こっちのほうがいいんじゃない?」という写真もあるにはあるが、そのほとんどが的確なチョイスであることに驚いてしまうのだ。

ジム・マーシャルはレコード・ジャケット写真も多く手がけており、有名な作品にはオールマン・ブラザーズの「フィルモア・イースト」がある。実はこのジャケット内に使われている写真にはフィルモア・イーストで撮影されたものが全くなく、他の場所で撮られたものなのだ。有名なジャケット写真はメイコンのキャプリコーン・レコードの倉庫の前で撮られたもの。

この写真集を見ると、このジャケット写真の右部分がかなりトリミングされていることがわかる。左ページの例のアザー・カットにはこのカットが撮られる前の様子が収められていて、それを見ると、メンバー全員がものすごいしかめっ面をしているのがわかる。

ジムは撮影時に「コカ・コーラの宣伝のように笑おうよ!」と声をかけてこの写真を撮ったらしいが、このグレッグの笑いようなんかは激しすぎると思わない?

そして、デュアンの手を見てください。何か握っているでしょう?コーラの愛称はCoke。ナニが握られているかはあなたの想像しだい…。メイコンの都市伝説としておきましょう。

ちなみにフィルモアのライブではデュアンもベッツも1959を使用しています。

とにかくロックファンにはオススメの写真集です。

ジム・マーシャル氏のご冥福をお祈り申し上げます。

(情報提供協力 : SW氏)

2010年3月31日 (水)

さらば厚生年金!<後編>

本日、2010年3月31日…いよいよ東京厚生年金会館の最後の日が来た!

ヴァン・ヘイレン初来日と同じ1978年の11月にはジェネシスを観に行った。これも初来日だったのね。もうスティーブ・ハケットもいなかった。(ギターはダリル・ステューマー)でも、フィル・コリンズとチェスター・トンプソンのツイン・ドラムがカッコよかったこと、照明がすごくきれいだったことを覚えてるな。でも、もっとも印象的だったのは、フィル・コリンズがタンバリンひとつでソロを演ったことかな。手のほかに、頭、足、お尻と身体のあらゆる場所に当ててものスゴイ演奏を見せてくれた。正直、当時は熱心なファンでもなかったし、まだ子供の域を脱していない頃だったのでジェネシス・サウンドはいささか高尚過ぎて曲なんかはサッパリ覚えておりませんが、それでも充分に楽しめたことは確か…。今はメッチャ好き、ジェネシス。とくにイギリスに行くようになってからますます好きになりましたね。惜しむらくは、もっとチェスターをよ~く見ておけばよかった!何と言っても歴代ザッパ・バンドで一番好きなドラマーはテリーでもヴィニーでもなくてチェスターなんね~。

プログラム中に宣伝している79年初頭の来日アーティストにはキャメル(見逃した!)とドゥービー(来日メンバーはパット・シモンズ、スカンク、マイク・マクドナルド、タイラン・ポーターらの名前が挙がっています。トム・ジョンストンは来なかったんだよね。塀の中にいて来れなかったんだっけかな?)が登場。

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エントランスを抜けるとロビーは案外狭いんだよね。終演後はいっつも大勢の人でゴッタ返していた。

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次のは忘れられない最高のコンサートだった。ブルー・オイスター・カルト。「臨時ニュースを申し上げます!臨時ニュースを申し上げます!ゴジラが銀座方面に向かっています…。大至急避難してください、大至急避難してください!」 1979年5月の来日。『Spectres』とライブ・アルバム『Some Enchanted Evening』収録の「Godzilla」が話題になってて、当然この時も演奏していました。レーザー光線や照明がまたすごくて、カギ十字の形をしたギターを持ったリード・シンガーのエリック・ブルームがギターをマシンガンに見立てるアクションをすると銃声とともにストロボがたかれたりしてとにかくカッコよかった!曲も滅法よくてね。圧巻は5リード・ギター。ショウの最後にはドラムのヤツまでフロントに出てきてメンバー5人全員でリード・ギターを弾いちゃう!最近はライブ映像を収録したDVD付きのCDも発売された。はい、当然ゲットしています。 

BOCのプログラムの広告には5月のナザレス(行った、行った渋谷公会堂!ザル・クレミンソンも来たんだゼ!)。6月には2回目の来日となるスコーピオンズ(行った、行った中野サンプラザ!)、同じく6月にはUFO(行った、行った中野サンプラザ!)が出ている。すべてS席3,000円也。そういえばスコーピオンズでもUFOでもマイケル・シェンカーが来るっていう話があって(スコーピオンズの宣材写真にはしっかりマイケルが写っているし…)エラク期待していたのだが、結局両方来なかった。おかげでいまだにホンモノを観たことない!

これには後日譚があって、もはや笑ってしまうのだが、何でも今年のフランクフルト・メッセではマーシャルのブースでマイケル・シェンカーのサイン会が実現したらしい。長年にわたって毎年行っていたフランクフルトなのに選りによって今年は行かれなかったんよ~!もうマイケルは一生見れないな…。

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廊下に据え付けられている時計。右の灰皿みたいな丸いのはスピーカー。上演中ここから場内の音を控えめに流すのです。そういえば、ここは1階廊下にも2階フロアにもイスがふんだんに置いてあったことも好印象ですね。

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ソニー・ロリンズを厚生年金で観たのは1986年だった。ボビー・ブルームのギターとトニー・ウィリアムスのドラムが抜群にカッコいいアルバム『No Problem』を発表した直後の1983年のLive Under The Skyがすごくよくて、「今度ソロで来日したら観に行こう」と心に決めてそれが実現したというもの。

ちょっと、話はそれるがこの時のLive Underのロリンズのバンド・メンバーがメッチャ豪華で、ギターがパット・メセニー、ベースがアルフォンソ・ジョンソン、そしてドラムがジャック・ディジョネット。おまけにサポート・アクトとしてチック・コリア、ミロスラフ・ヴィトウス、ロイ・ヘインズが『Now He Sings~』を再演するというオマケつき。よみうりランドの遠さを忘れてよろこんだものだった。

で、この厚生年金公演でもギターでボビー・ブルームが来日していた。何かボビー・ハッチャーソンもいたような記憶があるが、あれは別の機会だったのかしらん?とにかく、豪快にバリバリ吹きまくるロリンズがやっぱりカッコよかったな。

ロリンズはギター好きとしても有名で、70年代以降にはギタリストと共演しているアルバムが多く、ロック・ファンにも聴きやすい。ラリー・コリエルとの『Don't Ask』はおすすめ。詳しくはまたいつかロリンズに触れる機会があった時にでも…。

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それにしても49年の間に一体延べ何台のマーシャルがステージに上がったことだろう?

先日のAC/DCの来日追加公演では後ろの方にほんの少々空席が認められたが、AC/DCのチケットが売れ残るのは世界広しといえどもナント日本だけなんだそうだ。そういった状況が外タレの日本離れ現象を引き起こしているとも聴いた。一体いつから日本は世界のロック後進国になってしまったんだろう?世界のアーティストから相手にされない国なんてイヤだ~!

もちろん色々な事情があったのであろうが、この名ホールの閉館もそんな状況のあおりを受けたような気もするし、ますます日本人をロックから遠ざけてしまうような暗い気持ちにもなってしまう。

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さらば厚生年金!

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2010年3月30日 (火)

さらば厚生年金!<前編>

ちょっと新宿駅から遠いんだよね。いつも往きは胸をワクワク、帰りは友達と「ああでもない、こうでもない」と興奮交じりで今観て来たコンサート評。そうしていれば歩きでのあったはずの距離もアッという間だった。

東京厚生年金会館の話し。49年の営業に幕を降ろし、今月いっぱいでその歴史に終止符を打つという。寂しい~です!

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開場前にこの階段で待っている時はいつもドキドキだった。「あの曲やるかな~」とかいって…。

初めて厚生年金に観に行ったコンサートは残念ながら覚えていないけどずいぶん色んなのを観たな~。

何を観に行ったか思い出そうとしてもゼンゼン出てこない。結局、覚えているのはプログラムを買って「行った」という証拠があるコンサート(そういえば昔は「ライブ」なんて言い方はしなかったな…)くらい。

で、この記事を書くにあたって「新宿厚生年金出演者一覧」みたいな資料を検索したけど最後まで見つからなかった。調べついでによそのブログをチェックしてみると、あるわあるわ、皆さん…特に年配系の方…の厚生年金会館閉館を惜しむ想いが!

わたしなぞ丸っきりの若輩で、ここへ思い出を書き連ねるのもおこがましい。デビッド・ボウイー、スリー・ドッグ・ナイト、ハンブル・パイ、スレイド、フォーカス、そしてマイルス・デイヴィス…なんかをここで観た方々がいらっしゃるワケなのね。もう少し早く生まれていたら間違いなく片っ端から観に行ってたな。

今では何の気なしに訪問するあの楽屋でボウイーやらスティーブ・マリオットやマイルスが出番を待っていたのかと想像すると鳥肌がたっちゃうね。

ま、いずれにしてもあのステージに何千台ものマーシャルが並べられて来たんだネェ~。

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これ(下の写真)は1978年、ヴァン・ヘイレン初来日の時のプログラム。まだファースト・アルバムしか発表しておらず、そこから全曲演奏したような記憶があります。それでも、1時間にも満たない尺だったためか、このころにしては珍しく前座が付きました。東京公演はレッド・ショックというバンドで、後年このバンドのドラマーと知り合いになる機会があり、この時の話をして興奮したもんです。

エディが「暗闇の爆撃(Eruption)」を弾いた時には感動したな~。まだ、「ライトハンド奏法」などという名前がなくて、我々の間では右手の人差し指を少し曲げ気味に立ててそれを回しつつ「アレ」とか「コレ」とか呼んでいました。

ヴァン・ヘイレン初来日コンサート(前座つき)、S席3,000円、A席2,800円、B席2,500円、C席1,800円也、消費税なんてなかった。1978年6月の話し。この年の来日アーティストの広告にはリトル・フィート(彼らも厚生年金でプレイしていたんですね。私は中野サンプラザに観に行きました。ローウェル・ジョージを見たのは自慢のひとつ) 、パット・マッグリン。ご存知ですか?元ベイ・シティ・ローラーズ。何と武道館です。そして、洗濯機…じゃない、ギタリストのレン・タッキーと結婚したスージー・クアトロらの名前が見えます。

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エントランス脇には49年間の公演の歴史がダイジェストで展示されている。思いのほか試写会が盛んに行われていたんですネェ。見にくいですが、右のウインドウの上にはソニー・ロリンズの来日公演のパネルが飾られている。コレ観に行ったの(後出)。ウインドウの中には落語公演の歴史が飾られている。とっくの昔に東横ホールもなくなってしまったし…志ん朝を観たっけ…ホール落語の様相もすっかり変わってしまったようだ。

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最近ではもう仕事でしか行かなくなってしまったが、頭脳警察と四人囃子のダブル・フィーチャーなんかよかったナ。井上堯之さんのVS100Rの音の素晴らしさにはビックリしたし、ジェフ・ホワイトホーンに会いにプロコル・ハルムを観に行った時も楽しかった。

マーブロでも開始以来、何回か厚生年金会館からのレポートをお送りしているので<後編>に行く前にちょっとレビュー。是非、厚生年金会館コンサートの雰囲気に浸って欲しい。

<DEEN LIVE JOY  2010年1月30日>

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<Fair Warning東京公演  2010年1月22日>

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<CLASSIC ROCK JAM 2009  2009年10月11日>

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<後編につづく>

2010年2月18日 (木)

野獣リユニオン・ライブ!~ロックは若者だけのものではないさ!

盟友・中野重夫からDVDが届いた。タイトルは『It's Only Hard Rock~NOKEMONOデビュー30周年記念LIVE』。2009年11月3日、名古屋ボトムラインでのライブを収録したプライベートDVDだ。

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「やじゅう」と書いて「のけもの」と読む。1978年、地元名古屋で結成、活発な活動で人気を博し、それが認められジューダス・プリーストの名古屋公演にサポートアクトとして登場(要するに前座。でも昔はこの前座が楽しみでね~)。その後、中部北陸エリアを対象としたYAMAHAのバンドコンテスト、「ミッドランド」で優勝し、79年『地獄の叫び(FROM THE BLACK WORLD)』でデビュー。(現在はCDで入手できます)

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筆者は残念ながらライブは見たことがなかったが、デビュー・アルバムの宣伝チラシを野音の誰かのコンサートでもらった記憶がある(赤地に白抜きでドバっと「野獣」って入っていたような…。それともアレ、ARBだったかな~。とっときゃよかったナ)日本の70年代ロック・シーンの最後を飾った名バンドだ。

その野獣のオリジナル・メンバー5人の内4人が集まり、バンドの結成30周年を祝うライブが開かれたというわけ。

メンバーはボーカル&ギターのACE。

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ギターのBUNCHAN。当然のごとく並べられたマーシャル三段積みがうれしいね!キマってます!

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ベースはCHERRY。

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ドラムはZEN。 彼だけはオリジナルメンバーではない。

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そしてROLLAこと我らが中野重夫。昔は(今もか)欧米風の名前をつけるのが流行っていて名乗る本人たちも時には恥ずかしいように見受けられたが、野獣の場合はスゴイ!ボーカルのACEはトヨタハイエース、ベースのCERRYは日産チェリー、ROLLAはトヨタカローラ、つまり愛車にちなんだ名前なんだとか。ギターのBUNCHANはセリカに乗っていたので「リカちゃん」はマズかろうとうことで本名から取ったそうだ。

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ACEやROLLA(シゲさん)のように現役でバリバリやっているメンバーもいるが、バンド活動から遠ざかっているメンバーもいてはじめは少々ぎこちなくもないが、すぐに昔の間を取り戻してノリノリのステージを繰り広げる。とにかくみんな楽しそう!はじめはお客さんも恥ずかしがってかしこまっているのだが、ACEのかけ声で爆発!やってる方だけじゃなくてお客さんも楽しそう!

単なるノスタルジアだけじゃなく、こういう音楽が待ち望まれているのでは?しっかし、ホントに昔の日本のロックってこうだったよね。まるっきり新鮮に聞こえるわ。そう『It's Only Hard Rock』なのだ!

ところで中野重夫はFM愛知で『Keep On Rockin'』というレギュラー番組(毎週木曜日28:00)を持っていて、DJとしても活躍している。昔は音楽とシゲさんのおしゃべりで構成されていたのが(この頃は筆者も2度ほど出演させていただいて、モデルの解説や歴史を交えつつマーシャルで録音された名盤をかけたりして「マーシャル特集」を仕込んでいただきました)、最近はすっかりゲストとのセッションばかりをオンエアしているらしい。聴きたいな~。東京じゃ聴けないのよ。中京地区の皆さん、要チェック!

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シゲさん、それだけでなく不定期に朝日新聞の三重版に『カフェ日和』というコラムを掲載している。2009年11月30日付けの記事でこの復活ライブのことに触れている。本人の許可を得て少し引用すると…

「熱いおやじ魂が炸裂した。

11月3日、名古屋のライブハウス「ボトムライン」で、私が23歳の時にレコーディングしたハードロックバンド「野獣(ルビつき)」の30周年ライブを開いた。(中略)いま、メンバーの全員が50代。この年になってもライブをするなんて、デビューのころは考えもしなかった。(中略)青春時代をともに過ごした「戦友」たちとステージに立つ喜びをかみしめただけではなかった。30年を経て、進化した野獣をファンに見せることができた。

そして思った。50歳を超えても、ロックはまだ、深めることができるのだ」

シゲさん、歳なんて関係ないって!1954年のビル・ヘイリーの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」がロック誕生の瞬間としたら、ロックは今年でまだ56歳。大してシゲさんたちと年齢は変わらない(失敬!)。

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昔は30歳を越してもロックをやっている人がいると驚いたもんだけど、ロックも我々といっしょに歳をとってるんだからどうってことない!「ポール・マッカートニーやミック・ジャガーが還暦を過ぎてもロックを演っていてスゴイ」みたいな報道がよくされるよね。でも、老齢でロックをやっちゃいけないなんて法なんてまったくありゃしない。クラシックと違ってロックの場合、まだ世代は1回転していないんだから!

それよりもロックが本当にクリエイティブだった時代のロックをみんなでずっと伝承していきましょうよ!土台「今の若いモンは昔のロックを聴かない!」なんてついこぼしがちだけど、我々が若いころロックの歴史をさかのぼるのはたった20年でよかった。でも、今の若い人たちは50年以上もさかのぼらないと原点に行きつかない!これは大変な作業だし時間もお金もかかるからね。でもおいしいものは誰が食べてもおいしいはず。今はそのおいしいものを隠されちゃってるだけ。何がおいしいのかを是非教えてあげてくださいな!

ものは考えようですよ!決してイヤミなんかじゃなくて、今からレッド・ツェッペリンやディープ・パープルを知って楽しめるなんて若い人たちが本当にうらやましい!映画もそう、これから「七人の侍」や「隠し砦の三悪人」や「用心棒」や「天国と地獄」、チト偏りすぎたか…「ウッドストック」を観れるんですよ!こっちゃ何十回観たかわからない…でもまだ何十回も観れる(と思う)。その素晴らしい瞬間が若い皆様に早く訪れますように!もう一度言いますが、これはつまらない年寄りのイヤミなんかじゃ決してありませんからね。(ホントは映画のブログもやりたいくらいなんです)

若い頃のキーで歌うことはできないかもしれない、若い頃使っていたゲージの弦でギターを弾くのはシンドイかもしれない、でもいくつになっても音楽っていいもんだ…残念ながらボトムラインに居合わすことはできなかったけど、野獣のライブはこんなこともしっかりと伝えてくれたに違いないと思います。

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※冒頭のDVDは非売品です。

(敬称略 資料提供:中野重夫)

2010年1月13日 (水)

はたらくマーシャル~日本一高いマーシャル

2009年暮れの東京。(ゴメンナサイ、まだ旧年中の話題で…)

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舞台美術の老舗シミズオクト社他、イベント業界の方々が環境に対して新たな取り組みに挑んでいるプロジェクトが「美しの里 - Keep White, Keep Clear」。

そのプロジェクトの企画が東京タワーで開催された。(2009年12月18~20日)

エントランス前の特設会場では外壁に美しの里の音楽とともに大型ビジュアル作品が投影されたり、ライブステージが設置され楽しい演奏が繰り広げられた。

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ここで活躍したのがベースアンプのMB

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ギターアンプは発売されたばかりのMAだった。

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ギャラリーには動物写真家、原田純夫さんのロッキーの大自然に生きる動物を姿が展示されたが、これがまた目を見張るような美しさ!とにかく素晴らしい写真たち!これは絵だね。持って行った自分のカメラを思わず隠してしまったことは言うまでもありません。

また大展望台には「Club333」というライブ・スペースがあり、期間中そこでも夜毎いろんな企画が開催された。

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地上145m。おそらくは日本で一番高い所で使われているマーシャルなのでは?

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目と耳とで楽しめる充実したイベントだった。

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ところで以前この大展望台を訪れたのははるか30年前のこと。やはりライブがらみだった。あの時は「日本で一番高い所でコンサートをやる!」という企画で出演はダディ竹千代と東京おとぼけキャッツ。

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夜景はまったく覚えていないけど 、お定まりのものまねやなかよし三郎さんのチョッパー大会(?)、そうる透さんがマーチングドラムを身につけてお客さんの耳元で叩きまくったりで最高に楽しいショウだったことはハッキリと覚えている。おとぼけキャッツは当時流行していたLA録音とかNY録音に対抗して香港に行ってファーストアルバムをレコーディングしたりして絶好調だった(そのアルバムではそうる透さんが1曲自慢のノドを披露してたりする)。渋谷屋根裏(昔のね)5daysなんてのも観にいったな。とにかく最高に楽しかった。

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あれからずいぶんと時間が経ったものだ。こっちはすっかり年を取っちゃって変わり果ててしまったけど、夜の東京タワーは相変わらず美しい…。

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(敬称略 ライブ写真提供:株式会社シミズオクト 他:2009年12月18日撮影) 

2009年8月 7日 (金)

WOODSTOCKとMarshall~我が青春のウッドストック 後編

最初のころは動くジミやフー見たさに映画館に通っていたのはご多聞にもれません。ところが、演奏シーンだけ見て他は器用に寝ておくなんて器用なことはなかなかできません。前編観なきゃならない。そんな具合でこの映画、見る回数を重ねているうちに演奏シーン以外にも楽める個所が増えて来たんですね。ま、これが「観念」というのでしょうか。映画を通じて当時のアメリカの若者の自由な言動に接することは驚きそして憧れでした。そして、あのカメラワークというか編集。もちろんピート・タImg_0338 ウンゼンドが空中で止まるところや、サンタナでマイク・シュリーヴがドンと出てくるところ(あのハンド・クラッピングだけででゾクっと来ますよね?)、カントリー・ジョー・マクドナルドの大俯瞰、黒い鍵盤に置く手のアップから始まるスライ&ザ・ファミリー・ストーンなど枚挙にいとまがありません。ジョー・コッカーのオルガンのイントロもスリリング。演奏以外のシーンでもノーマン・ジュイソンもビックリのマルチ・スクリーンも最高にカッコいい。そりゃそうでしょう、マーチン・スコセッシが編集スタッフに加わっていますからね。堂々たる出来です。始めはおっそろしく長く感じた3時間半も何回も見ているうちに飽きるどころか、だんだん短く感じてくるという始末。会場となったべセルの農場主、マックス・ヤスガーのスピーチも実に感動的。「マリワナ…」とささやくジェリー・ガルシアの姿も「すごい人!」と驚くジャニスの姿も印象深く、オリジナル・バージョンに演奏シーンがなくても動く姿が見えるだけでうれしかったのです。

その点、映画で未収録の映像が加わったバージョンはそういった流れを壊してしまうキライがあってチョイとなじめませんでした。そりゃオリジナル・バージョンでは見ることのできなかった、ジャニスやグレイスの演奏シーンが見れるようになったのですから嬉しい限りなのですが、オリジナル・バージョンにあまりにも慣れ親しんでしまっている私らは、こちらのバージョンは「記録」として捉えざるを得ません。つまり、一種のミュージック・ビデオ。

サウンドトラックももちろんすぐにゲットしました。LP3枚組で当時はかなりお小遣いを貯めなければなりませんでした。これも買って驚きましたね。だって映画と関係ない曲がワンサカ入っているわりにはリッチー・へヴンスの「ハンサム・ジョニー」やザ・フーの「サマータイム・ブルース」は入っていないわ、アーロ・ガスリーはテイクが違うわで不思議いっぱいでした。いったい映画のどこにジェファーソン・エアプレーンが出てたのよ?!と子供心に不満に思ったものです。でもかなり聴きこみました。結局大好きになった。ジョー・コッカーの「ウィズ・ア・リトル・フレンズ~」のアレンジがジミー・ペイジによるものだったことを知った時にも結構驚いた。「や~っぱスゲェわ、ツェッペリンって」って。

さらに後年驚いたのは、アーティストの出演順がリッチー・へヴンスを除いて実際と恐ろしくかけ離れていたということ。これは少し幻滅させられたかな~。映画の方がいいに決まってる!

そういえば1976年「日本のウッドストック」的な触れ込みで「ローリング・ココナッツ・レヴュー」という捕鯨禁止キャンペーン・コンサートが開かれましたね。リッチー・へヴンス、カントリー・マクドナImg_0339_2 ルド、ジョン・セバスチャンなど本当にウッドストックに出てた連中がやって来るってんで私も見に行きました。会場は晴海ドームとかいって車の展示会をやるバカデカイホールでした。私が見たのは初日(だったのかな?)でリッチー・ヘヴンスが出演して「Here Comes The Sun」を演奏していたのを覚えています。最後はお約束の「Freedom」でした。感動しました。ウッドストックの冒頭を飾った人が目の前にいるんですよ!自分が40万人の中にいるつもりで演奏を聴き入りました。他にはエリック・アンダーソンやオデッタ、岡林信康(ファンだった!けど確か演奏中にトラブルがあったような…)、泉谷しげるさんなどが出演。泉谷さんのセットではソロ・デビュー間もない(頃だったと思います)Charさんが白いスーツに白い帽子をかぶって登場。ムスタングを引っさげてトレモロ・アームを上下する姿は筆舌しがたいカッコよさでした。それとオデッタの演奏の時、(順番は泉谷さんより前)彼女は傍らでお香を焚いて演奏するのですが、その香りが強烈だったのを覚えています。また、途中に彼女がパチンと拍子を打つ曲があって、何人かのお客さんがそれに合わせて拍手をしようとするのですが、(彼女は一緒に拍手をしてくれなどとひとことも言ってないんですよ)その拍手が大幅にズレてたのが彼女には不快だったらしく、「チョット~、アンタら勝手に手ェ叩かないでよ」とあからさまに迷惑そうな顔していたのが印象的でした。
このイベント、ものすごい長丁場のわりには食べ物の供給が猛烈に貧弱で、売っているものといえば味も素っ気もないコッペパンくらいで究極的にお腹を減らしてしまいました。加えて終演時間も遅く、帰りのバスがなくなってしまい銀座まで歩いて帰ったのですが、まだ私は中学生でしたから、「帰りが遅い」とオヤジにケチョンケチョンに怒られてしまいました。でも、ま、ウッドストックのトップバッターを努めたアーティストを間近に見たんだからよしとしましょう!

というワケであんまりマーシャルは登場しませんでしたが、ウッドストック、その場に居合わせたわけではありませんが、その周辺も含めて間違いなくわが青春の見開き2ページくらいを飾るイImg_0341 ベントだったのです。

そのウッドストックの未発表映像をプラスした40周年記念DVDが出ましたね。今度はザ・フーの未公開映像やらデッドも見れるとか?素晴らしい!やっぱりまた買っちゃうんだろうな~、でも「映画作品」ではなく「記録映像」として…。

文中に散りばめた写真は私が保有するウッドストック関連グッズです。別にコレクターではないので珍しいものは特にありませんが、LP、CD、LD(なつかしい!もうプレイヤー持ってない!)、DVDと何回も買ったものです。

こちらは幾分レアかな?いわゆる映画の「チラシ」。A4の二つ折りになっています。どこでもらったか覚えてないな…。

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それからこれは映画のプログラム。残念ながらオリジナルではありません。何回めかに見たどこかの映画館で買ったんだと思います。

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このプログラム、なかなかシャレてて、フェスティバルの公式ポスターの縮小版や出演バンドのイメージ・イラストがふんだんに掲載されています。

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それにしても、ウッドストックを通じてマーシャルがロックの歴史の1ページを刻んでいることを光栄に思います。ありがとうJames Marshall Hendrix & James Charles Marshall!そしてWoodstockよ、永遠に!

2009年8月 6日 (木)

WOODSTOCKとMarshall~我が青春のウッドストック 前編

夏フェス真っ盛り!今回のマーシャル・ブログはビッグ・イベントの元祖ウッドストックに思いっきり私情を交えて触れてみます。

一体何回観たことでしょう?小生、映画館で『ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間』を観た回数に関しては、そう簡単に人後に落ちないつもりです。「ぴあ」や「シティロード」をチェックしては東京中の名画座を駆けずり回ったものです。DVDはおろか、ビデオすらなかった時代ですから映画館に足を運ぶより他に見る方法がなかったのです。

初めて「観た」のは…というより「寝た」の『ウッドストック』は退屈だった…。その時は「バングラデシュ」とのダブル・フィーチュアでしImg_0335 た。中学校2年生だったかな?ビートルズこそロックだと思っていた頃ですから、当然「バングラデシュ」を目当てに映画館に出かけたのです。ところが、こちらの方も存外に退屈だった印象が強く、この時以来実は一度も見直していません。(ファンの皆さんゴメンなさい!)子供ながら記憶に残っているのは、ラヴィ・シャンカールが「演奏中にはドラッグを控えて欲しい」と言ったことと、ジョージがレオン・ラッセルを紹介した時に座ったままのレオンに向かって「立てよ、レオン」と注意したとこぐらいかな。演奏はほとんど記憶に残っていない。でも今にしてみるとジェシ・エド・デイビスが見たいな~。

「ロック映画」などというジャンルがあるのでしょうか?当時はこの手のものがたくさんあってソウル系の「ワッツタックス」や「フィルモア最後の日」なんかがよく「ウッドストック」と併映されていたImg_0321 ように記憶しています。しつこいようですが、何しろまだビデオもない時代で、テレビで海外アーティストの映像が見られることが激レアな時代だったから、このようなフィルムが非常に重宝がられていたことは方々で語られている通りなのです。もっとも当時を振り返ってみると、「ロック」と「歌謡曲」というか「ポップス」のジャンルが明確に分けられていて、いわゆる「日本のロック・アーティスト」をテレビで見られることの方が海外ロック・アーティストをみることよりはるかにレアだったかも知れません。

有名な「モンタレー・ポップ・フェスティバル」なんかも最初に見たのは九段会館だったかな? コンサート形式でありがたく拝見させてもらいました(写真はその時のプログラム)。そういえばビデオが一般化した後年、大晦日かなんかにテレビで「ウッドストック」を放映していたことがありましたね?ビデオの生テープも最初のころは殺人的に高かったナァ)
この「ウッドストック」が1969年に開催されたということは、ロックの試験があれば頻出問題になることは間違いないくらいの常識なワケだけれども、考えてみると初めてこの映画をみたのは実際に開催されてからまだ10年も経ってない頃だったんだね。それが今年は開催から40年という節目の年になるというから自分の年齢にも驚きです。ということでとにかくめでたい!マーシャル・ブログも「ウッドストック40周年記念」気分に浸っているというワケなのです。

閑話休題。いよいよ思い出してみるに、あの頃はフィルム・コンサートというのが各地で頻繁に催されていて、ローリング・ストーンズのドキュメンタリー映画『チャーリー・イズ・マイ・ダーリン』を有楽町のよみうりホールに観に行ったことをハッキリと覚えています。この時が本邦初公開だったです、1978年ぐらい?どうしてこのことを覚えているかというと、その当日、まれに見る大型台風が東京を直撃し、学校が半ドンになったのです。当然家に帰って家にいなければならないのですが、少ないお小遣いをはたいてでチケットをすでに買っているワケですし、当然家にジッといるワケにはいきません。そこでロック好きの友人達とやや後ろめたい気持ちもありつつ出かけた。司会は音楽評論家の渋谷陽一さん。われわれFM NHKの彼の番組を楽しみにしている輩でしたらからそれだけで大興奮!その時、渋谷さんがストーンズの映画に先だって「今、一番ホットな新人バンドを紹介します」といってかかったフィルム(今でいうPV)が日本デビュー前のチープ・トリックでした。ものすごくカッコよかった。数年後、ライブ・レコーディングされた有名な武道館にも当然行きました。チープ・トリックもマーシャルを使っていましたね。

さて、「ウッドストックとマーシャル」といえば何といってもジミ・ヘンドリックス。あの朝日に浮かぶ1959のフルスタックの壁は荘厳ですね。マーシャルもあの場面に自社の製品が登場していること1959_full_stack_front を誇りに思っています。それにしても残念なのはあの観客の数。押しに押した進行がジミの出番を一日遅らせてしまったのだから凄まじい。40~50万人いたのがたったの3万人。ま、これだけでも大層なかずですが…。ジミが一番ギャラ高かったというのに!そして、仕事だからといってもジミを見ずに帰ってしまった人たち…いまだに臍を噛んでいるのではないでしょうか?一時は出演がキャンセルとなったという噂があったみたいですね。あのジミの演奏は本調子ではないとよく言われていますがそんなこたぁもはや関係ありません。実際のジミのマーシャルの音を聞いてみたかったナァ。熱心なヘンドリックス・フリークぶりが有名なウリ・ジョン・ロート曰く、「とにかくクリーンで美しかった」ジミのマーシャルの音。ん~、マーシャル・クリーン・ファンって実は多いのね。彼は若かりし頃2度ほどドイツでジミを見たと言っていました。
ちなみに今はディレクターズ・カットになってジミの出番は彼がアナウンスに合わせてマーシャルの影から出てくるところから「Voodoo Chile」が始まりますが、劇場版はこの前のシーンにジミのギターの音が重なってきて鳥肌を出してくれるという仕組みでした。何しろここあたりのシーンまで延々3時間くらい待ち続けるのですからジミの出番は喜びもひとしおです。そして「アメリカ合衆国国歌」…タマリマセン。なぜかこのジミのところだけコマ落としになっていて、ジミの動きがザクザクになっているんですね。これもまたカッコよし。「Purple Haze」の後、あの美しくももの哀しい「Villanova Junction」にそのまま突入し、映像はフェス終了後のあたり一面ゴミ野原と化した会場のようすに変わるのですが、ここはこれでジミが写ってなくてもまたよし。不思議なことに「ジミを映せ!」という感情にはならない。少なくとも私はこれが美しいと思っています。ただ、あのシーンでいつも思っていたのは、靴をなくした若者が捨て置いてあるスニーカーを拾いサイズを確認するところ。アレ履いたら中が濡れてて気持ち悪いでしょうね。それとあのスイカ。あれは食べれませんよ。あのふたりよっぽど空腹だったんでしょうね。これが子供に観た時の印象。そのまま脳裏に焼き付いています。

あの場に日本人はいたのでしょうか?有名な話しでは故成毛滋さんがいらっしゃったそうで、開催された当時の「ニュー・ミュージック・マガジン(当時)」を紐解くとそのレポートが掲載されており、かなり面白いのでご興味のある方は要チェックです。(『ミュージック・マガジン増刊 スペシャルエディション パート1』に掲載されています)

何しろ「ものすごい人」だったとかで、ウッドストックに在住していた私の友人のフォーク・ミュージシャン(かなり有名なボブ・ディランの先輩格のアーティストです)にその様子を尋ねたことがありましたが、その人は実際にサブ・ステージへの出演を依頼されていたそうです。何しろウッドストックに住んでいるワケですから、出番に間に合うように「んじゃチト行ってくるわ」ってな調子で家を出たそうです。ところが、道が混んでいて到着が大幅に遅れ、また、人がいっぱいでとうとうステージにたどり着けなかったそうです。それからどうしたかって?そのまま帰って来ちゃったんだって!!ちなみにこの人もあのフェスティバルがこんなに歴史に輝くものになることが予めわかっていたら是が非でもステージに立つべきだった!と残念かっていらっしゃいました。

話しを元に戻すと、アルヴィン・リーがどうやらマーシャルを使っているようですね。何しろあのImg_0336 ピンスポが当たっている場所以外は真っ暗なステージなので演奏中にハッキリと確認できるわけではありませんが、最後にスイカを担いでステージを降りようとしているときにフルスタック、UNIT3(1959の3段積み)の姿が確認できます。それにしても初めてテン・イヤーズ・アフターを見たときはブッたまげたナァ~。いい気持ちで寝ていたのがいっぺんに飛び起きてしまったんだから!マーシャル・プレイヤーということでもうひとつ言えば、ジェフ・ベック・グループが出ていればもっとよかったのにナァ。

<後編につづく>