三宅庸介、マーシャルを語る <後編>
<後編>をお送りします。
1959が基本
Y:でも最初の73年の1959の音が基本にあってどのマーシャルのモデルを使っても、またマーシャル以外のアンプを使ってもその音を求めてしまうんです。色々と試してみてそういう音が出ればOKですし、出なければ使いません。その頃からもう色んなものを求めずにその基本のクランチの音で勝負しようと決めたんです。
M:DSLというとCLASSIC GAINのツルンツルンのクリーンかULTRA GAINの歪みを使っている人が圧倒的に多いようです。DSLが発売された時、セールス・ポイントはクリーン・サウンドだったんですから。でも
三宅さんはCLASSIC GAINのCRUNCHだけを使ってすべてをコントロールしている。いつかも確か三宅さんとウリの音の話しをしていて、「ウリの音は1959の一番いいところが出ていて、その音を表現すると『パシーン』とか『ビシッ』とかいう感じ」って言ったことがありました。三宅さんのサウンドはそれに近くて、たとえDSLを使っていても根底にあるサウンドが1959であるということが如実に現れていると思います。
Y:そうおっしゃっていただけると大変うれしいです!
セッティング
M:アンプのセッティングで何かこだわっている部分ってありますか?リハやステージであんまりイジくり回している印象がないんですけど。
Y:昔のマーシャルって0か10かってところがありましたよね。それでボクは全部10だったんですね。プレゼンスも10。リンクしてボリュームも両方10。それで最高の音が出ていたんです。ですから今のモデルを使うときでも覚えているその時の音に近づけようとしているだけですね。弾き方がそういう音を覚えているというか…。後はその音が出るようにセットしていく。そうしてようやくここ5~6年で核心に近づいていっている気がします。
M:ようやく核心?もう到達しているのかと思っていましたが…。
Y:ずっとギターを弾いていると少しずつ少しずつうまくなっていきますよね。あまり気が付かない程度に。その中で、ギターとのやり取りとか、アンプとのやり取りとかも弾けば弾くほど上達していくんですよね。そういう部分で音の出し方とか、音の早さとかがより詳細にわかるようになってきた。ベースは0。上げても2とかね。ミドルは8から10。トレブルは3とか4とか。プレゼンスは上げない。
ドリーム・マーシャル
M:弾いてみたいマーシャル、ドリーム・マーシャルってあります?
Y:ジミ・ヘンドリックスの1969年の春先のアメリカツアーで使っていたマーシャル。同じく69年のロイヤル・アルバート・ホールのマーシャル。ヨーロッパでのトーンってすごく濁りがなくてクリアなんです。懐が深くて澄み切っている。その点ではすごく参考になる。一方、アメリカのツアーの場合、電圧の加減かペダルの影響か、もう少しハード・ロック的ないわゆるキメの細かいオーバードライブ・サウンドになるんですね。それもすごく好きです。
それか、マハビシュヌ・オーケストラの『火の鳥』でマクラフリンが使った…多分SUPER TREMOLO 100ですね。そんなにマクラフリンの音って好みではないんですけど、この頃の音はすごく好きなんです。
M:あの音っていかにも出なさそうですよね?でも、マクラフリンの一番はマイルスの『ジャック・ジョンソン』でしょう。
Y:(笑)アレはナンなんでしょうね?!
M:アレは奇跡でしょう。他には?
Y:それから、やっぱりエディかな?
M:アメリカ勢はダメなんじゃ?
Y:イエ、ドリーム・マーシャルということだったら話しは別です。エディの68年の Baby Marshallは弾いてみたい!アレ、本人は'67年製と言っていますが、先日リペアした人から'68年製だったと聞いてます。
ジミ・ヘンドリックスの録音
M:ジミ・ヘンドリックスは?実際に彼が使っていた1959の写真なんてありますけど…。
Y:ウワッ!見たい!
ジミ・ヘンドリックスでもそうなんですが、我々が耳にする音ってCDでも何でもレコーディングというプロセスを通ったものですよね。それがどういうミックスをされたか…もっと言うとリマスターされたかによってすごくトーンの聴こえ方が変わってきますよね。そういうことにすごく興味があって、リマスター盤が出ると買って聴いてみるようにしているんですね。自分がアルバムを出すようになって余計に神経質になりました。そういう意味で色々聴いていると、ジミってウッドストックにしてもワイト島にしても、モントレーにしても意外にオープンエアが多いんですね。で、オープンエアの会場で録った方が「マーシャルらしさ」って映えると思うんです。ホールの影響がありませんよね。だから生々しく彼が出していたトーンが残っていると思いますね。つまりアンプ以外の音の要素が少ないので参考にしやすい気がするんです。そういう風な思いで聴いています。ロビン・トロワーもそう。
三宅庸介の音楽
M:ところで、マーシャル・ブログに何回も書いている通り、私個人は三宅さんの音楽がとても好きで、ロックという範疇にあってはかなりユニークなものと捉えています。はじめに聴いてすぐに思い浮かんだのがマイケル・ランドゥ。
Y:マイケル・ランドゥが世間ではどういう立ち位置にいるかはわかりませんが、自身確かに影響を受けてはいます。でも、いわゆるフュージョンからの影響というのはまったくないんです
ね。書いてもらっても構いませんが、ボクはフュージョンが大キライなんです。自分の音楽がフュージョンっていわれると「ン?(怒)」って感じになります。
アルバムを作る前はもっとフリーフォームで、テーマをひとつふたつ決めて延々とソロをやるようなユニットの時期もあったんですが、アルバムを作るときに「本当にやりたいことだけをやろう!」って取り組んだんです。
M:なるほど…。
Y:それととにかく弾き方は自分にしか出来ない方法を採るようにして、音にも徹底的にこだわりました。ストラトキャスターとマーシャルがあったからできたんです。曲に関しては、やっぱり素に戻ってずっと好きだったものを…つまりロックですね。コード進行やヴォイシングが変わっているというのはわかっているんですが、それをロックのサウンドにしたかった。ボクの中では結構ハード・ロックなんですけどネェ…。
M:はい。少なくともジャズには聴こえないし、フュージョンでもない。ロックなんですけど、他のロックとは単語も文法も違うんですね。メロディについても極力ロックの定番フレーズを避けている。自然にそうなっているのかな?ローランド・カークみたいな。結局ジャズの巨人達、パーカーもマイルスもエヴァンスも、今までにないようなカッコいいフレーズを発明することに心血を注いだワケですよね?三宅さんのやっていることはそういう感じがするんです。すごくステキ。
Y:それはあんまり意識していないな…。今のユニットはそうかも知れませんが、前にやっていたバンドでは典型的なフレーズも使っていたし、スティーヴ・ヴァイが好きだった頃のボクをご覧になっているお客さんはいまだにボクをそういう風に捉えているとは思います。
M:今の三宅さんだったら、自分の音楽を「三宅庸介です」と言っていいと思うんです。すごいスタイリストですよね。
Y:ワァ、うれしい!ジミ・ヘンドリックスにしても、ロビン・トロワーにしても、ウリにしてもいまだにコピーします。好きですしね。でも、コピーしたものをそのまま弾いても意味がないんですね。人がやっていない…自分にしかできないことをいかに最善の形で音にするかということをやっていかないとしょうがない。
ジャズ
M:こないだのライブでは冒頭にコルトレーンの『至上の愛』の一節を弾かれていましたね。ジャズはよくお聴きになるんですか?
Y:イエイエ、全然!ウワベだけです。学校で教えていると、「BOφWYからギター始めました」とか「昔メタリカやってました」という子がちょっとギター弾けるようになって学校へ来る。それで、上手になってくると途端にやれ「モード」だとか何とかジャズの方へ行ってしまう。で、「君が好きだったBOφWYから受けた衝動はどこへ行っちゃったの?」っていう子がすごく多くて、そういう子は決まってロックをバカにするんですね。そんなことを目の当たりにしていたので、むしろボクはジャズをキライなのかもしれない…。そんなに興味もないし、居心地がよくない。
でも、アーティスト単位では好きな人はいます。ウェス・モンゴメリーは大好き。それでも彼の音楽的な手法がどうとかではなくて、トーンが好きだったり、歌わせ方が好きだったり…。後はマイルス。そのふたりぐらい。マイルスなら少しは偉そうに語れるかな(笑)?
『Lotus and Visceral Songs』
M:それではご自身の音楽を総括すると…。
Y:ボクは自分の音楽をプログレだと思っているんです。プログレが大好きでいまだにフォーカスが一番好きなんです。で、あのアルバム(『Lotus and Visceral Songs』)って『Focus Ⅲ』のサウンドをすごく参考にしているんです。
M:録音ってこと?
Y:そうです。レコーディングの時、『Focus Ⅲ』をエンジニアに持っていって聴いてもらった。あのレコードって残響がほとんどないんですね。
M:「Anonymous Ⅱ」とか完全にデッドですよね。
Y:そう。聴いていてレコーディングしている部屋にいっしょにいるような感じにしたかったんです。音がボヤけるようなことは一切しないでくれ!とエンジニアに頼みました。特にドラム。ドラムの音が全体を決めますからね。ギターは自分が出している音をそのまま録ってもらえればいい音になることがわかっていたんで、ドラムにはこだわりました。あれはピエール・ヴァン・ダー・リンデン(Focusのドラマー。現在も活躍中)のドラム・サウンドをかなり参考にしたんですよ。レコーディングの期間中ズーッとあのアルバムを流していました。エンジニアの方とはちょっと意見が食い違いましたけどね。
M:だから、マーブロにも何回も書いたとおり、今のCDの音ってドンシャリすぎるんですよ。ナニを演っているのかさっぱり聞き取れないし、疲れちゃって長い時間聴いていられない。すぐ飽きちゃう。味が濃すぎるんです。コンビニのお弁当みたい。そういう点で『Lotus and Visceral Songs』は違うなって初めて聴いたとき思いましたよ。結局、お母さんの味付けの方が美味しいし飽きないんです。
Y:でしょ~?でもエンジニアの方は「お願いだから2000年以降にPro Toolsで録られた参考音源を持ってきてくれ」と言われました。リマスターされて音がよくなったか知らんが、こんな1972年に作られた音源は参考にならん…て!(笑)
M:確かに、確かに!何たって40年前に作られた音ですからね!
Y:ええ。でも結局はものすごく試行錯誤してもらって、納得のいく素晴らしい音で仕上げてもらいました。それがホントに嬉しかったし、とても良い経験をさせてもらったと思っています!(笑)
M:本当にCDの音質は業界をあげて考え直した方がいい。切ったり貼ったりは全然構わないと思うけど、昔みたいに自然な音で吹き込むべきだと思う。何しろ若い子にはレッド・ツェッペリンがスカスカに聴こえるらしい。ジョン・ボーナムのドラミングがスカスカなんですって!
Y:MP3プレイヤー用の音質になっているんですね。雑踏に負けないように鼓膜にくっついてすべての音が聴こえてくる。「ああ、これ聴きたいな」と思って家でターンテーブルに乗せて聴くようなレコードの音では外では雑踏の音に消されて聴こえないんですよ。
マーシャルを弾くということ
Y:今の若い子はマーシャルを弾かせると、あんまり知らない子は雑誌の影響か何かわかりま
せんが、コントロールをすべて5にするんですね。ま、それでもいいけど、それじゃ面白くないやろ…自分の音を作ってみろって!そうでなければとにかく低音を出しちゃうんです。(笑)
M:ハハハ!
Y:自宅で教えるときなんかは、LEAD12(5005、12Wの小型コンボ)を使っているんですが、ベースを上げちゃうと全然音が抜けない。だからベースはゼロ。トレブルは少し。ミドルは10。ベースはゼロで慣れろ!こうやってるとうまくなるんですよ!鳴らし方がわかってくる。
Y:ギタリストがギターを弾いているのを見た時に、マーシャルを弾いてきたかどうかって弾き方でわかるんですよね。ピッキングとかね。で、そういう人の出す音って大抵ボクの好きなタイプの音なんですね。マーシャルに逆に育てられた弾き方っていうものがあるんですね。ボクもそうだけど…。ピッキングを見たら生音でもわかる。
現行品で全然構わない…1959に戻りたいなって思っているんです。アンプのよさを引き出す弾き方が果たして出来ているかどうか真剣に向き合いたいと考えているから…。
<あとがき>
見た目の通り落ち着いて思慮深く、ひとつひとつ言葉を選びながらお話しになる三宅さんの姿は先生、それも生活指導の先生のようでもあり、ひとつの道を極めんとする修行僧のようでもある。もちろんその実体は己の真のスタイルや音楽を追及するアーティストだ。それだけに三宅さんの発する言葉には計り知れない重みを感じた。
楽器に限らず最近市場に出回るあらゆる商品は「売上至上」を象徴しているかのような、お店で手をかけずにすぐに売れるものしか置かなくなってしまった。商品のハードルが低くなってしまっているのだ。
これは決して品質が良いとか悪いとかいうことではない。ギター・アンプでいえば初心者でもスイッチを入れればその場でいい音が出てしまうというシロモノ。もちろん、ギター・アンプはいい音を出すことによって商品の価値が決まるワケだからそれらは商品としての使命を立派に果たしているのだが、本当にこれだけでいいのだろうか?いい音が出ることによってそれ以上の音を求める必要がなくなってしまうだろうし、いい音を出すために悪戦苦闘をして弾き方の研究する機会もなくなってしまう。
マーシャルで言えば1959の例を出せばわかりやすいだろうか?初めてギターを弾く人にとってよもや1959がユーザー・フレンドリーということはあり得ないだろう。でも、我々がギター始めたころはこれが当たり前のギター・アンプだった。
もしロックが「ロック」という形と精神で将来も生き残ることができるとすれば、CDの音質も先祖返りを果たし、ギター・アンプも1959のようなノン・マスター・ボリュームの頑固なモデルに収斂していくような気がする。そしてそういった傾向こそがロックをよみがえらせるのではないか?とさえ思えるのである。
「1959にもどりたい」という三宅さんの言葉が実に印象的であった。
三宅庸介の詳しい情報はコチラ⇒Yosuke Miyake's "Strage, Beautiful &Loud"
(一部敬称略)






































































































