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2011年7月 4日 (月)

Guv'nor(ガバナー)誕生秘話~ケン・ブランの思い出

The behind story of the birth of the original Guv'nor~In the memory of Ken Bran

ここに一冊の洋書がある。

「THE SOUND OF ROCK」…世界中の熱心なマーシャル・ファンが携帯しているであろうMike Doyle著「THE HISTORY OF MARSHALL」の簡易版だ。ちなみにその本の表紙に使われているマーシャルは現在山口県在住の日本人コレクター、T氏の手元にある

そして写真の簡易版は本編を徹底して切り詰めたような内容だが、若干挿入されている写真が本編と異なりそれなりに目を通していて楽しい。まず表紙がカッコいいし!

この本には面白い過去が隠されているのだ。

Book

この本は以前国内でマーシャルの販売を担当していたS氏の持ち物だが、その前の持ち主は何と、ケン・ブランだったのだ。

ケン・ブランといえばマーシャルの創設に深く関わったエンジニアだ。マーシャルは1962年、ジム・マーシャル、ダッドリー・クレイヴン、そしてケン・ブランという3人のスタッフでスタートした。マーシャルとしての始めての製品、JTM45はケン・ブランの設計だ。

話しはそれるが、上の「THE HISTORY OF MARSHALL」のページをめくっていると、見た目はほとんど1959だが、「NARB」というモデルが存在していたことがわかる。このNARBという名前、実はケンの苗字のバックワード。つまり、BRANを逆から綴るとNARBになるというワケ。詳しくはコチラ

話しを戻して…以下はそのS氏の回想。

まだ楽器フェアが池袋で開催されていた時分に話しはさかのぼるが、ジム・マーシャルとケン・ブランが一緒に来たことがあったそうだ。空き時間になってケンに「どこか行きたいところがあるか?」と尋ねると即座に「アキハバ~ラ」と答えた。この場合間違いなくアクセントは「バ」にある。

もちろん、メイド喫茶に行くワケでもフィギュアをチェックしに行くワケでもない。だいたい、んなもんはない時代の話しだ。

本人は空のマジソン・バッグを手にしてヤル気マンマンだったそうだ。ちなみにこのマジソン・バッグ…知っているとなるとかなりの年齢ということになろうか?1974~1975年ぐらいのことだったろうか?

何であんなに流行ったんだろうね、アレ。私はその真っ只中にいたのでかなりの年ということになるが、本当は白が欲しかったけど手に入らなくて黒を買った。基本は紺で、みんなと同じヤツがイヤだったんだよね。どこへ行くにもマジソン・バッグを持って出かけた。そしてどこでも持っている人を見かけた。アレ確か最後には千葉の富津の海に落っこどしてダメにしちゃったんだよな…。

それから約20年後、初めてニューヨークに行ったとき、西33丁目、マジソン・スクエア・ガーデンのほぼ向かいのホテルに泊まったけど、まったく何の感慨もなかったな。「オ~、これがあのマジソン・バッグのマジソン・スクエア・ガーデンかぁ~ッ!!」なんてならなかった。何しろ、使っていた当時はあのバッグに書いてあった文句なんてどうでもよかったからね…だかからだ。

さて、マジソン・バッグを手にしたケン、アキバにつくやいなやラジオ・デパート(パーツ屋街)へ突撃!入り口にある極小ラジオペンチ、極細半田ゴテ、被服コードストリッパーを売っている工具店に始まってもうドップリ…優に3時間は中から出てこなかったそうだ。

ようやく外へ出てきたときにはあたりも暗くなっていたがケンはいたくご満悦のようす。それもそのはず、あの空だったマジソン・バッグに中は小型ヒューズ、コンデンサー、抵抗、計測メーター等ケンの欲しかったものだらけでパンパンに膨れ上がっていたのだそうだ。

その時お付き合いしたお礼としてケン・ブランから直接頂いたのが上の写真の本だというのだ。うらやましい!

ところで、ロンドンではトッテナム・コートロードが「イギリスのアキバ」みたいに言われているようだが、ナ~ニ、普通の電気屋さんがチョコチョコっとあるだけ。秋葉原とはワケもケタも違う。秋葉原ってのは本当に世界的にスゴイ街なのだ(昔はもっとよかったけどね)。

それと神保町。こちらはいわずと知れた世界最大の古書の街。ロンドンではチャリング・クロス・ロード。これも神保町の方がケタはずれにデカイが、チャリング・クロスもなかなかに捨てがたい。買ってもどうせ読まないから滅多に買わないけど、覗いて歩くだけでも実におもしろい。それと新古本屋。ロンドンには売れ残りの本を売る店いくつもあって、こちらもリーズナブルでおもしろい。先日定価2,000円ぐらいの新品のエルトン・ジョンの半生記を400円ぐらいでゲットした。電気マニアにはつまらないかも知れないが、ロンドンは本好きにはタマラない街だ。

もうちょっと話すと、レコードやCDはもうダメ。いいソーホーやポートベロー通りには中古レコード屋もあるにはあるのだが、今は円高の恩恵でイイ線いっているが基本的に高い。それに品物が汚い。それよりもマーケットに出ているレコード屋さんの方が面白い。また、イギリスではレコード市みたいなものが盛んに行われている。私は日本の中古レコード屋さんで充分満足しているし、どうせフランク・ザッパ・アイテムしか興味がないので、イギリスに行ってもわざわざレコード市に出かけたりしない。

一方、イギリスの小さい町にはマーケット・スクエアという広場が大抵あって、毎日市が開かれていることが多い。デヴィッド・ボウイーの「Five Years」にある「♪ Pushung through the market square, so many mothers sighing」のアレですな。そこではそれぞれ出品者が持参した新鮮な野菜やアンティーク・グッズ等が売られていて中古レコード屋もあったりする。

昔、ある小さな町のマーケット・スクエアでレコード店を見つけてサクサクとエサ箱を漁っていたら、店のオジサンが「ナニを探してるんだ?」と訊いてくる。このオジサン無愛想でおっかないワリにはやけに積極的で、こちらも「イイエ、特に…」などとは言えず、つい「フランク・ザッパの何かありますか?」と訊き返した。

すると、オジサン、「ナニ~?ザッパか~?!」と面倒くさそうに言いつつものの数秒で10枚ほどLPを出して見せた。「ヤバイ…これ何か買わないと帰れないパターンのヤツや…」と冷や汗タラリ。またこれが、全部持ってるアイテムなうえに飛び切り汚いときてる!イヤだ!こんなものにお金を使いたくない!

えいママよ!とばかりにこう切り返してみた。「『Zappa in New York』のUKオリジナル盤を探してるんですが…」と。その答えに驚いたよ。こちらはオジサン「?」になって「ハイ終わり、さんきゅ~」というパターンになることを想像していたからだ。

オジサン「ナニ~「Punky's Whip's」が入っているヤツか?」と即答!知ってんだよね~!ビックリよ。そして「ヘヘヘ、オレは持ってるけど売らね~よ!」だって。ま、とりあえず無駄使いをしないで済んだ…の巻きとなった。

さて、話しはケン・ブランに戻りますよ~!

それからしばらくしてイギリスからS氏のもとに新商品のサンプルが届いた。それは大ヒットしたエフェクター、Guv'nor(ガバナー)の初号機だった。(写真は2代目の韓国製Guv'nor)

Guv

「そうか!これを作ろうと思って秋葉原に買出しに行ったんだ!」とピンと来たS氏、興味津々、裏ブタを開けて中をのぞいてみると…出てくるわ出てくるわ、あの時秋葉原でゲットした日本製のパーツが!その後しばらくして、製造がイギリスの本社工場から韓国にシフトされたため、イギリス製のオリジナルGuv'norはさらに価値を上げ続け、現在でもファンが後を断たない。

Guv'nor開発の影に日本製パーツあり。日本経済の栄光は今いずこ…。

ケンは現在はマーシャルとの関わりを一切持っておらず、接触しているのはジム・マーシャルと一部のごく親しい人たちに限られているという。

そして、S氏ももうすぐご定年で退職される。こうしたかくれた歴史というものは組織で営業活動をしている以上、人の入れ替わりでいとも簡単に消滅してしまうものだ。それがこのようにマーシャル・ブログという形で伝承できることにとめどもないよろこびを感じている。

事実は小説より奇なることも多いのも事実だ。一方、歴史に「IF」は禁物というが、「IF」の方がおもしろいことも多い。この日、S氏が下痢かなんかで会社を休んでケンがアキバに行くことを諦めたという「IF」はどうだろう。Guv'norがこの世に出てこなかったかもしれないし、違うものになっていたかもしれない。S氏もまたマーシャルの歴史の一部なのである。

マーシャルの古き佳き時代のお話し…。

12年前、私が入院した時心配して何度もお見舞いに来ていただいたSさん。今回もお世話になりました。

この場をお借りしましてあらためてすべてのご厚情に対し深く御礼申し上げます。Sさん、長い間ご苦労さまでした!

(一部敬称略  制作協力:S氏)