【号外】ゲイリー・ムーア逝く!<追補版>
先日のCaptain Beefheart逝去に次いでまったく予期しない大悲報が届いてしまった。
ゲイリー・ムーア、6日休暇中にスペインで客死。
去年の日本公演ではあんなに元気に「また来るゼ!」って言っていたのに…。ロンドンのHigh Voltageではギンギンにハードロックをキメていたのに…。
Gary Mooreを知ったのはColosseum IIで活躍していた頃。まだ私はハード・ロックに夢中で「クロスオーバー」には無関心だった。でも、Colosseum IIを聴いてブッ飛んだ。「一体このギター、誰?」と。それで知ったのが「ギャリー・ムーア」という名前だった。
フュージョンという言葉が定着し出して、その魅力わかってきた頃にはゲイリーはハードロックの世界にいた。そして、ブルース。
思えばスレ違いばかりだった。それでもいつも気になっていたギタリストだった。
去年の来日が21年ぶりというのだからその前は1989年か…。なかなか来日してくれない理由はどうも「日本がキライ」なのでは?という噂もあった。だからいつか「マーシャル祭り」で招聘しよう!というのが私の密かな夢だったのだ。1974Xの広告にもでてくれていたし…。
昨年の来日時には彼が持ってきた1959SLPが壊れてしまい、ウチで修理すべくタクシーでJCBホールへ引き取りに行った。その際、ギターテクのグラハムと仲良くなり、ゲイリーの使用していたピックをもらった。あれが形見になってしまったナァ。
そしてその数ヵ月後、High Votageにゲイリーが出演したため、またグラハムといっしょになった。彼は1959を修理したことについて再度丁重にお礼をしてくれた。ゲイリー本人の言葉でないにしろ、「日本ギライ」なんて噂はウソだと思えた。
今にして思うと今年日本で見れるハズだったハードロックのセットをロンドンで見れて幸せだった。日本で見たブルースのセット同様、彼の1959とレスポールのセットがフェス中最大の爆音だったと信じている。そして、今でも人生最大の爆音はゲイリーの1959だと確信している。
あの爆音に乗せた超絶フレーズがもう聴けないなんて…。
ハード・ロックからメタルを極め、フュージョンも演った、ブルースも突き詰めた…もうやることがなくなったとでもいうのだろうか?
私はゲイリーの仕事はこれからだったと思っている。ギターの本当のカッコよさを次の世代につなぐ重要な仕事だ。「伝説」を聞くより「実物」を見たいよね。
「Black Rose」のアイリッシュ・パートを聴いたらやっぱり涙が出てきた。天国でPhilと何を演奏するのだろうか…?
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
<Marshall Blog過去のGary Moore関連の記事はコチラ>
★【HIGH VOLTAGE FESTIVAL vol.2】その2日間、私は世界でもっとも幸せな日本人のひとりだった!
(三宅さん、ご連絡どうもありがとうございました)
<追補>
この記事を書き上げた後、ゲイリーのギターテクのグラハム・リレイに弔辞をメールしたところ、すぐにお礼の返信が来ました。シンプルなサンキュー・メールでしたが、かえってそのシンプルさに偉大なギタリストを失った悲しみとショックを増大させられたような気がします。
また、彼の訃報に接し大勢のギタリストからご連絡を頂戴しました。彼が日本のギタリストたちに与えたとてつもない影響の大きさを計り知る思いです。
さらに、マーシャルブログへのアクセス数も現在うなぎのぼりに上昇し続けています。これはプロ・ギタリストの皆さんへの影響だけでなく、アマチュア・ギタリストやリスナーの皆さんへゲイリーがもたらした影響も莫大なもので、改めて日本人のゲイリーへの愛情を認めざるを得ません。
また悲しくなってきました…。
