Koki Itoh's Marshall~from Tatsuro Yamashita "Performance 2010" tour
夕暮れのNHKホール。

今日は山下達郎さんのツアー『Performance 2010』のNHKホール2days公演の2日目。ほとんど楽日!デビュー35周年を記念しての35本組のツアーだ。最終的には39本の公演となった。

そして今日のマーシャルは1992 SUPER BASSのフルスタック。

弾き手は達郎さん一家で1979年から低域を担当している伊藤広規。マーブロへは森園勝敏、向山テツとのアートロック・トリオ、THLEE OF USの横浜でのライブ・レポート以来の登場だ。

ヘッドは1979年製の1992。1992は100Wのベース用アンプヘッドで、1966年から1981年まで製造されていた。フロントの3つのスイッチはパワー、スタンバイ、ポラリティ。筆者もこのころ、つまりJCM800前夜の1959を所有していたが、普通のライブハウスで使う程度の音量では歪む気配さえまったく見せなかったっけ…。でも、この頃のマーシャルのクリーン・サウンドとオーバードライブ系のペダルをつないだ時のクランチ~ディストーション・サウンドは何物にも替えがたい魅力がある。森さんや秀人さんがその使い方の好例だ。

広規さんはリンクして使用。マーシャルのベースアンプというと、ジャック・ブルースやレミーのようなブリブリ・サウンドを連想する人がいるかもしれないが、そのサウンドは芯があって、抜けてて、太くて、あったかくて、いかにもベースらしいサウンド。
この音と広規さんのこれまたベースという楽器の権化のような名プレイを聴けば完全主義者の達郎さんが広規さんを片腕ベーシストに据えている理由がわかるような気がする。「Sparkle」のチョッパー(あえてスラップとは言いません)などもう鳥肌モンだった!

キャビネットは上下とも鳴らしている。

ここで少しコンサート(あえてライブとは言わない)の様子を…。70年代の正統派ハードロックと気が遠くなるまでコネくり回して作り上げるプログレッシヴ・ロックとビバップ以降のガチャガチャしたジャズばかり聴いてきた筆者にとって達郎さんのソフィスティケイトされた大人のロックはこれまで無縁のものだった。よって恥ずかしながら今回のコンサートは初体験だった。
そして、心から感動した。開演前にギターの佐橋さんが「長いよ!楽しんでって!」とおっしゃってくれた。シュガー・ベイブ時代の曲も取り混ぜて集大成的に3時間。でも、一時たりともまったく飽きない完璧な音楽ショウだった。呆れるほど音楽をクリエイトすることに集中する達郎さん。音楽のことしか考えていない完全な音楽の職人だ。
このバンド、ワイアレス機材を使用していない。達郎さん曰く「音が悪いから」。80年代から機材はほとんど入れ替わっていないという。何たる音に対するこだわり!新しかろうが古かろうが、やっぱりいいものはいいのだ!
そして、それを見守る観客。この空間を身体全体で浴びて心から音を楽しんでいる。もちろんショウのはじめから立ったりしない。ジックリ…とにかくジックリ音楽を聴いている満場の4,000近くの人の姿がまた感動的であった。
ノリノリばかりがコンサートではない。アーティストと観客がお互いにいい音楽をシェアするというこういう一体化のあり方もあるのだ。さらにあの堂々たるステージ・マナー!何を取っても超一流のエンターテインメントだ。
こんなの久しぶりだ。昔はどんなコンサートでもこうだった。コンサートはゆっくりと音楽を鑑賞する空間だった。お願いだからジェフ・ベックのコンサートの冒頭から立ち上がったりしないで欲しい。音楽は踊るためのものであった時代もあったし、いつの時代もそれは間違いではないとは思う。音楽に合わせて存分に身体を動かしたいのならディスコか盆踊りへ行って欲しいし、ショウが始まった途端に立ち上がるのは何の礼儀だろう?演奏後のスタンディング・オベーションならわかる。30年ほど前の日本人はこの欧米の習慣ですら照れてしまって、避けて通るのが普通だったはずだ。2&4拍で手拍子が打てるようになった代償がこの意味のないスタンディングなのかしらん?
とにもかくにも達郎さんのコンサートのように3時間もジックリ座って鑑賞できる音楽が再び隆盛して欲しいと思う。

足元のようす。足鍵盤だけで何もなし…。すべて指先で音を作っちゃうからね。

スティーブ・ガッドが昔インタビューで「あなたの夢は?」と訊かれて「ビッグバンドのドラマーとしてフランク・シナトラの伴奏をすること」と答えていたのを雑誌で読んだことがある。楽器を志す者、自分で曲のメロディを奏で、圧倒的なソロで観客を酔わすことは最大の夢である。そして、もう一方では「声」という人類最強の楽器を使いこなす偉大な歌手の伴奏をすることも器楽奏者の最大の喜びなのである。

広規さんの仕事はそれだ。最高の音楽家の最上の作品を完璧な技術と音楽性で作り上げていく。何と素敵で名誉ある仕事だろう!そのお手伝いができるマーシャルは幸せ者だ。そしてまた惚れ直しちゃった!
伊藤広規の詳しい情報はコチラ⇒Koki Itoh Official Web Site
達郎さんのMCから…デビュー35周年ということは1975年のデビュー。時は日本のロックの第2世代がものすごい勢いで暴れまわっていた頃。大阪からは上田正樹とサウス・トゥ・サウスやウエスト・ロード・ブルース・バンドのコテコテ勢、金沢からはめんたんぴんのデッド・サウンド、そして九州からは艶やかなサンハウスなどなど。対するはシュガー・ベイブのおしゃれなサウンド…これらが共存できるわけもなく、フェスティバルなどでは大層苦労をされたらしい。そりゃそうでしょ。しかし、あれから35年、達郎さんはそのサウンドを追求し続け、未だにテレビにもお出にならず、磐石の態勢で自分の音楽をクリエイトしている。本当にスゴイことだ。
そのシュガー・ベイブの『Songs』というアルバムが権威ある某音楽雑誌の「日本のロック100選(1960-70年代編)」の第3位に選ばれていた。このことはステージで達郎さんもうれしそうに触れていた。
その特集の中で、ある音楽評論家が「60~70年代は世界的に文化のバブルのようなものの中にいて、1970年代の日本のロックが持っていた得体の知れない魅力は現在のロックにつながっていない。なぜならその時代の背景を引き継ぐことができないから」みたいなことを述べていらっしゃった。まったくその通りだと思う。若人よ、今の内にいい音楽を大いに聴こうではないか!
最後に達郎さんは今の政治に若干の揶揄を加えた後、目の覚めるような素晴らしいことをおっしゃった。
「今、中国やロシアとの関係が危うくなっています。早く正常化して欲しい。平和じゃないと音楽はできませんから」
歳を取って涙腺が緩んできた2つの目から涙が流れた。
(2010年11月5日 東京NHKホールにて撮影)