SHEENA&鮎川誠60’sロック談義~郡山市立美術館SWINGING LONDON展より~鮎川誠のあのレス・ポールも大公開だ!
Sheena and Makoto Ayukawa enthusiastically talk about '60 rock in "Swingin' London" exhibition at Koriyama City Museun.
福島県郡山市は「東北のウィーン」なのだ。「ウィーン」といえば「音楽の都」。つまり郡山市は「東北の音楽の都」ということになろうか…とその名にふさわしいイベントが開催された。

郡山市ご自慢の市立美術館で『スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s -ビートルズたちが輝いていた時代―』という特別展が開かれていることは以前のマーブロでも紹介した。(その時に紹介したV&A。後で知ったのだが、1900年11月11日に夏目漱石が見学しているそうだ。18世紀の終わりに日本から来てあの展示を見た日にゃ心底ブッたまげただろうナァ~)
世界初となるジミー・ペイジ本人の洋服や楽器が展示されていることで人気を呼んでいる。ところでジミー・ペイジって細いのネェ。若い頃ウエストが68cmしかなかったんですってよ~。他にも当時の家電製品や洋服、オートバイや車まで見所満載!
マーシャルは1962年に発表した初のギターアンプJTM45 Offsetと初めての100WモデルJTM45/100のリイシューを展示している。
下のマーシャルはJTM45 Offset。マーシャルの工場に行くといまだにこのモデルのシリアルナンバー「1」のホンモノが飾ってある。それはいまだに稼働しており、そのサウンドは「オリジナルのマーシャル」として新商品開発の時などに参考にされているという。
エリック・クラプトンが車に積みやすいようにこのモデルのコンボ・バージョンの製作をリクエストした。そうして生まれたモデルはマーシャル初のコンボ・モデルである1962 Bluesbreakerだ。
同時に展示されているギターもスゴイ!’54年のストラトキャスターやテレキャスター、’59年のレス・ポールたちだ。
下の写真はThe Whoコーナー。JTM45/100は1965年当時に爆音合戦に明け暮れていたピート・タウンゼンドのリクエストにより開発された。ジョン・エントウィッスルとどちらが大きい音を出すか競っていたのだ。当時はまだ100W出力のアウトプット・トランスが手に入らなかったため、50Wのトランスを2台搭載しているのがこのモデルの特徴だ。また、「スピーカーの数が多ければそれだけ音もデカかろう」というピートの発想に基づいてリクエストされたキャビネットは8×12”だった。ジム・マーシャルは、それでは持ち運びができまいということで4×12”を積み重ねるという仕様をすすめたがピートはそれを拒んだ。
案の定、The Whoのローディがそのキャビネットを運びたがらなかっため、結果的にジムのアイデア通りキャビネットは上下に分断されることになった。ここから3段積み(フル・スタック)が誕生したのは有名な話で、このようなヘッドとスピーカー・キャビネットが分かれているアンプのことを「スタック」と呼んだのはジム・マーシャルが最初だったらしい。よくパーティなどでいっしょになると「今、”スタック”っていう言葉をみんな使うじゃろ?ああいうスタイルのアンプをはじめて”スタック”と呼んだのは何を隠そうこのワシなんじゃよ。フォッフォッフォッフォッ(笑)…と本人から幾度となく聞いた。
ちなみに写真のリイシューはThe Whoのエピソードよろしく運搬のことを考慮して最初から4×12”の上下として製作された。
また、このモデルはThe WhoだけでなくSmall Facesも買って行ったらしい。写真が残ってないかな?スティーヴ・マリオットがあの声でこのマーシャルを演奏しているところを見たら簡単にノックアウトされちゃうだろうな…。
「スウィンギン・ロンドン展」の入り口。ユニオン・ジャックのバナーがカッコいい!
6月12日には関連事業のひとつ[アーティストトーク]としてSHEENA & ROKKETSの鮎川誠氏とシーナさんをお迎えして「60’sロック談義」なる講演会が催された。
定員をはるかに上回る盛況ぶりで、予定時間を大幅に上回る素晴らしいイベントとなった。
何しろ鮎川氏は自著『’60sロック自伝(㈱音楽出版社)』で語っている通り、まさにロックと生きた、イヤ生きている人。その造詣の深さとロックに対する情熱たるやもはや尋常ではない。だから話もおもしろくないワケがない!
何しろビートルズやローリング・ストーンズがデビューした瞬間に立ち会っている人たちなのだ。おそらく今、熱心にロックを聴いている人たちのほとんどが、ロックを聴きだした時からすでにビートルズやストーンズの音楽が存在していて、彼らがデビューしたときの衝撃がどんなものであったかを知ることはできない。よく「●●●が出てきてはじめて聴いた時にはガーンと頭を殴られたようなショックを受けた」というヤツね。相手がビートルズなら尚更だったでしょう。でも、ナニがそんなに衝撃だったのか?曲なのか、演奏なのか、歌声なのか…。
鮎川さん曰く、「それらももちろんそうだったけど、『オレはオレの好きなようにするぜ』みたいな解放感にシビレたんよ。制服とか校則とか、日本はみんな同じようにするよう縛られるのが普通だと思っていたけど、オレにはピンと来た」
今、若い人がビートルズを初めて聴いてこんなことを思うことはまずないであろう。「ビートルズ=解放感」だなんて…本当に鮎川さんたちがうらやましい。そんな衝撃を味わってみたい!
FENで初めてビートルズを耳にされたとおっしゃるが、初めはグループ名もわからなかったらしい。「ビーホーズ」とか「ビートーズ」とかいう名前だと思っていたが、ある日、お弁当を包んでいた新聞紙に偶然「ザ・ビートルズ」という名前を目にして「ア!コレや!」と謎が解明したのだ。弁当を包んでいた新聞紙でビートルズの名前を知るなんて信じられん!
とにかくふたりともロックに詳しい!そして熱い!いまだに二人でアメリカへストーンズを見に行っちゃうんだから!
話題はビートルズ、ストーンズと来てキンクスに…。おふたりはレイ・デイビスともお知り合いで、シーナさんからはお会いされた時にシーナさんが置き忘れてしまったバッグを追いかけて手渡してくれたなんて話も…。ん~、レイっていい人なのね。
そして、話題は1974年8月に郡山で開催された「ワン・ステップ・フェスティバル」に。3日のうちの初日に鮎川さんはサンハウスで出演しているのだ。講演会当日には同フェスティバルの発起人の方をサプライズでお呼びしようとしたがどうしても都合がつかず断念。
しかし、鮎川さんもその時のことをよく覚えていて、また、客席には数人フェスティバルの経験者もいらっしゃって盛り上がりを見せた。
ちなみにこのフェスの出演者といえば…あんぜんバンド(1976年にリッチー・ブラックモアズ・レインボウが初めて日本に来た時に前座で出演した)、ウエスト・ロード・ブルース・バンド、上田正樹&サウス・トゥ・サウス、かまやつひろし、キャロル、クリエーション、外道、サディスティック・ミカ・バンド、沢田研二&井上堯之バンド、シュガーベイブ、センチメンタル・シティ・ロマンス、四人囃子、めんたんぴん、りりぃ、内田裕也&1815ロックンロールバンド、そしてヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドと上げ出したらキリがない。みんなビッグ・ネーム。今でこそロック・フェスティバルは珍しくもなんともないけど、この当時は「ロック」という音楽は社会的にはまだ完全にマイノリティで、これだけのアーティストを招聘して一大コンサートを開いたのは驚異に値すると思う。
鮎川さんが照れながらひとつ「宣伝」として紹介されたバンドがDr. Feelgood。いわゆるパブ・ロックを代表するバンドだ。元メンバーのウィルコ・ジョンソンと鮎川さんが大の仲良しであることはよく知られている。
「ビートルズやストーンズの出現からロックの変化を見て来て、そしてまた80年代にはニューウェイブ・ムーブメントでまたロックの原点と遭遇して幸せだ」とおっしゃる鮎川さんとシーナさん。
とにかく話が尽きない!
現在も残るロンドンのロックの名所のスライド上映し、おふたりからコメントを頂くコーナーも…。
トークショウの最後にはスペシャルで1曲演奏してくれた。
愛用の黒のレス・ポール・カスタムとマーシャル2187のコンビネーションでロック魂が爆発した!

アッという間の2時間だった!楽しかった~!
<大おまけ>
いつもマーシャルばっか紹介しておりますが、今日はギターを大公開!しかも、日本で最も有名なギターのうちの一本だ。おなじみ鮎川誠氏所有の1969年製ギブソン・レス・ポール・カスタムだ。
鮎川さん達は実際にニューヨークのファット・チューズデイで生前のレス・ポールをご覧になられたそう。実は筆者も見てサインをもらったことがあるが、その時は残念ながらもうファット・チューズデイが閉店していて(知らないでいきなり行ったらもう閉鎖していて驚いた)リンカーン・センターの向かいのクラブ「イリディウム」で目の当たりにした。このあたりは以前の【号外】で述べたのでそちらに譲ることにするが、「あんなおじいちゃんなのに、とにかく無邪気で子供っぽい!」ということで意見が大一致!まさにギターを抱えた偉大なる好々爺だった。
バックの塗装もこの通り!半分近くがはげ落ちてしまっている。写真ではわかりにくいが、またネック裏がまるでサテン・フィニッシュを施したかのように滑らかなのだ。あんまりきれいなので「コレ、塗装を剥がしたんですか?」とお訊きしたところ「弾いているうちにハゲた。昔は塗装の粉がよく手にくっついた」とのこと。
30年前にロフトで見たときはもっときれいだったような…。まさか時を越えてあの時のギターを目前に拝もうとは!
リア・ピックアップの向かって左側の端にテープが貼ってあるでしょう?コレこうしておかないと演奏中にピックが挟まっちゃうんだそう。ピックアップとエスカッションの間ではない。ピックアップ・カバーの端が長年の摩擦に耐えかねて孔が空いてしまったのだ!
ヘッドの部分が元の塗装。ご覧の通りネック裏はきれにいマホガニーの目がでている。それとウ~ン、わかるかな?元々フレットレスワンダーだったとのことだが、とにかくフレットが低い!実際に弾かせていただいたが、本当に「フレットレス」!ボディは重くなくも軽くもない・ネックは厚くなく薄くなく、非常にバランスの取れた端正なギターという印象を受けた。出力もかなり大きいらしい。
ナニを弾いたかって?「レモン・ティ」、「ビールス・カプセル」、「キング・スネーク・ブルース」、「夢見るボロ人形」ってとこ。
公演後、おふたりはゆっくりと展示を鑑賞。そして、JTM45/100の前で記念撮影。
SHEENA & ROKKETSの詳しい情報はコチラ⇒OFFICIAL WEB SITE a.k.a. Rokket WEB
郡山市立美術館の詳しい情報はコチラ⇒郡山市立美術館公式ウェブサイト
※郡山市立美術館での『SWINGING LONDON展』は2010年7月4日で終了しますのでご注意ください。7月以降は埼玉県立近代美術館での展示となります。
(一部敬称略 2010年6月12日 郡山市立美術館にて撮影)
