大谷令文、マーシャルを語る <前編>
令文さんと音楽の話をするのは実に楽しい。今回はマーシャルについてたくさん語ってもらおうと思ったが、話が進むうちについついマーシャルから離れ、何度も音楽の話に大きく脱線してしまった。あまりにも脱線した部分は割愛させていただいたが、マーシャルの話、ギターのこと、練習のこと、そして音楽のこと…たっぷりと語ってもらいました。2回に分けてお送りする稀代のマーシャル弾き、大谷令文のインタビュー、ぜひお楽しみください。
マーシャルとの出会い
マーシャル(以下「M」):みなさんへの共通の質問です。マーシャルとの出会いはどんなでした、思い出してみるに?
大谷令文(以下「R」):ウ~ン(考えて)。リッチー・ブラックモアが好きだったんでミュージック・ライフのグラビア見たり…、イヤ、『ライブ・イン・ジャパン』のジャケットかな?
M:でもあれって外も内もあんまりマーシャルは写っていない…。
R:輸入盤だったのかな?
M:『Made In Japan』?
R:レインボー・シアターの。
M:エ?
R:あのジャケットの写真は「レインボー・シアター(後日マーブロ『ロンドン・ロック名所めぐり』でレポートします)」で撮影したものだよ。
M:知らなかった!それからマーシャル歴といえば?
R:やっぱり好きになったギタリスト、ジミー・ペイジなり、ヘンドリックスなり、全部マーシャルだったからね。それに『フォーカス・アット・ザ・レインボー』。
M:お、またレインボー・シアター?!
R:ヤン・アッカーマンもあのときはマーシャルだよね。やっぱりマーシャルってスゴイんだナァって。
M:フォーカスはご覧になったんですか?
R:2回目に来た時見ました。
M:2回目ってフィリップ・キャサリンが来た時?
R:イヤ、ヤン・アッカーマンだったんだけど、もう『マザー・フォーカス』の頃だったから音楽が…。
M:メロウ?
R:そうそうそうそう。アンプもマーシャルじゃなくて、何かロータリー・スピーカーとか使ってた。あんまり感動しなかったな(笑)。
マーシャルのギタリスト
M:他に「マーシャル」で連想する名前ってどんなのが出てきます?
R:やっぱりレッド・ツェッペリン。今ではもういろんな情報が入ってきてレコーディングの時は違うアンプを使っていたとか知っているけど、当時のイメージとしては映画で見た3段積みにしていないマーシャル。印象的だった。
M:あの人は積みませんね。こないだもそうだった。
R:あ、あの再結成の時?
M:そう。どんどん積んじゃってもらいたいんですけどね。無条件で「マーシャル」と聞いて出てくる名前と言えば?リッチー?
R:イヤ、ヘンドリックス。
M:あ、そう?そういえばさっきからゲイリー・ムーアの名前が全然出て来ないのが少々意外なんですけど。
R:ゲイリー・ムーアはもっと後になってからかな。音楽を聴き始めたころはまだそんなに出て来てなかった。
M:初めにゲイリー・ムーアの名前を意識したのは?
R:ん~、コラシアムII。
M:いっしょだわ!『Electric Savage』?
R:そう。レコード屋へ行って「コラシアムの新譜」を見つけたら「II」になってた。んでギタリストの名前を見たら「ギャリー・ムーア」って…
M:そうそう、当時は「ギャリー」って表記してた。
R:どっかで聞いた名前だなって思って。知識として名前だけ知ってたのかもしれない。
M:イヤ、令文さんよくゲイリーの曲を演るからかなり初めの方に名前が出てくるのかと勝手に想像してた。
R:ん~、彼の場合、意外とアルバムごとに音色が変わっているからそんなに強烈なトーンのイメージってないんだよね。大好きだけど。でも、「マーシャル」っていうサウンドで印象が強いのはヘンドリックスであったり、リッチーであったり、いわゆるひと世代前のギタリストたちだよね。
M:エリック・クラプトン、つまりクリームは?
R:やっぱりいい音だなって思う。でも、僕が聴きだしたころにはもうクラプトンはレイドバックしてた。(笑)クリームは後になって聴いたんだけどライブなんかはすごい音だよね。
最初のマーシャルとマーシャル歴
M:一番最初に入手したマーシャルって覚えていますか?
R:ええ。19か20歳の時、知り合いから譲ってもらった50Wのマーシャルでしたね。多分1973年か1974年製だっと思いますけど。
M:キャビネットも?
R:ウン。ひとつ。
M:それにエフェクターをつないで使ってた?
R:結局オーバーフドライブみたいなものを使わざるを得なかった。初めて弾いたときは「エエっ!?こんなに歪まないの?」ってびっくりした。(笑)
M:ここんとこ皆さんそうおっしゃいますね~。それからのマーシャル歴と言えば…。
R:100Wに買い替えた。やっぱり新品ではなくて「オールド(註:そういえば、ギターやアンプが本格的に大量生産の時代に突入した1970年代の半ば頃から“古い楽器の方が現行品より音も質もいい”という風潮が猛烈に強まった。その当時はそういった古い楽器の呼称としては、まだ”ビンテージ”という言葉は全く使われておらず、”オールド”と呼ばれていました)」、1973年製くらいのものだった。そのまましばらく、マリノ時代もずっとそれを使っていましたね。何台か100Wも買ったり交換もしたけど全部70年代前半のものだった。ここ10年位は1969年の100Wです。
M:いつも使ってるヤツね?
R:そうそう。イヤ、もう15年位になるか…。
M:っというともう初めからずっとスタックになるワケですね?
R:そうですね。それしかなかったし…。
M:その昔、マーシャルのコンボが日本に上陸した時、やっぱりスタックの印象が強すぎてコンボは普及しないのでは?と思われたらしい。
R:でもブラインド・フェイスのジャケットにはリハーサルの時の写真が載っててクラプトンがコンボのマーシャル使ってたよね。Bluesbreakerじゃないモデル。(註:現在の紙ジャケ見開きCDの内側に写っているのは1959 SUPER TREMOLOのハーフスタックしか見ることができません)
M:ブラインド・フェイスは69年?
第3の声(令文の友人、以下「3」):69年頃のコンボって1962しかなかったはず。ブルースブレイカーズ時代の1962はジョン・メイオールの備品だったらしいですからね。
R&M:備品?!(笑)
3:だからピーター・グリーンも同じマーシャルを使った。
M:じゃピーター・グリーンもマーシャルだったワケ?
3:あのときはそうですよね。
R:バンドの持ち物だから…。(笑)
M:最初のマーシャルを手に入れたのは30年位前?
R:(笑)もう、そうだね。
M:その頃はメチャクチャ高かった時代ですねよネ。
R:ウン。新品で買ったら大変。
M:待てよ、もしかしてずっとワン・ボリュームのモデルでマスター・ボリュームのモデルを使ったことない?
R:イヤイヤ、弾いたことはもちろんありますよ!(笑)でも持っていたことは一度もない。言い換えるとピン・スイッチのモデル以外は所持したことがない。
思い出のマーシャル
M:それでは、何か思い出のマーシャルってあります?「アレ欲しかったな~」とか「手放さなきゃよかったな~」とか。
R:イヤ、特にないかな。いつも自分の一番気に入ってるのが手元にあるからね。その時、その時自分の持っているものは手放したくない。
M:それは幸せですね。
R:でも最初の50Wはとても気に入ってたんだけど、お金がなくて売っちゃった。(悲)
M:お持ちのギターを見ててもそうだけど、元来、バンバン楽器を買い替えるようなタイプではいらっしゃらないんですね?特に新し物好きではない?
R:うん、そういうタイプではない。いまだに1959のプレゼンスを上げると音が変わったとか、スピーカー・ケーブルで音がどうなったとか発見が多いんですよ。だから僕には新しいものは特に必要ない。
セッティングについて
M:セッティングに関して特別なこだわりってあります?あまりいじくらない?
R:基本的にはいつも同じ。
M:ミドルは10にしなきゃ気が済まないとか…?
R:ミドルは10だな~。(笑)プレゼンスも上げ目。
M:やっぱり1959が一番?
R:一番!ワン・アンド・オンリー。音といい、見た目といい。自分のギタースタイルが、ピッキングといい、ボリューム・コントロールといい1959とともに成長してきたからね。他のブランドのアンプを使うと特にピッキングが自分のものじゃないような感じがする。
M:でも世の中にはアンプをジャンジャン取り替える方もいらっしゃる…。
R:ウ~ン、不思議で不思議でしょうがないな~。(笑)常にボリュームは10、ピッキングの力も10で弾いているのかな?
M:なるほどね!
R:1959に限らず基本的にナチュラルな歪みが出ないアンプでは右手でニュアンスを出すのが難しいと思う。自分のスタイルがもうそうなっちゃてるからね。
つづく
